視点

生成AI社会と情報倫理

2025/04/23 09:00

週刊BCN 2025年04月21日vol.2056掲載

 生成AIと著作権に関する全3回のパネルディスカッションが3月17日に終わった。第3回では週刊BCNの日高彰編集長にモデレーターをお願いし、IT業界のビジネス動向を踏まえたパネルディスカッションとなった。基調講演は「生成AIと行政の取り組み」として、内閣府科学技術・イノベーション推進事務局と、文化庁著作権課から担当者にお話いただき、国が生成AIに対してどう取り組んできたか、法律上の論点やその背景の考え方など、詳しく説明いただいた。動画アーカイブと講演要旨は、コンピュータソフトウェア著作権協会のWebサイトから閲覧できる。

 生成AIの利用では、著作権侵害にならないようにすることは当然である。政府の取り組みやパネリスト各社の取り組みは大いに参考になる。ただ、私が生成AIの問題に取り組むのは、法律をクリアにするためだけではない。

 21年前に『情報倫理学入門』(ナカニシヤ出版)を共著で出した。この中で、まだ広く知られていなかった情報モラル教育の必要性を訴えた。著作権教育だけでは情報社会を生きるスキルとしては不十分で、情報モラルをその背景にある考え方とともに学習する必要がある、という内容である。著作権教育は、情報モラル教育の入り口として分かりやすい。今やその言葉も、その意味も、社会問題として頻出する事件とともに、人びとに浸透している。

 私の生成AIに対する見方は、21年前と同じ感覚だ。創作は、絵も音楽も小説も、そしてプログラムさえ、ほとんどの場合、過去につくられた作品やプログラムからヒントやひらめきなどの刺激を受け、手法や表現技術を学び、成果に立脚して行われてきた。まさに「守、破、離」であり巨人の肩の上である。そのことが、創作者の内在的制約としてバランスをとり、権利の拡大の歯止めになってきたし、創作へのリスペクトにもなった。

 生成AIは、天文学的数量の過去の創作物を土台にするが、そこに創作者へのリスペクトはあるのか。生成AIと人間の違いは、身体性の有無だ。創作物を盗用されたり、改ざんされたりするなど、創作者の心の痛みに思いを馳せる社会であってほしい。「無秩序な創造性から倫理的創造性へ」と副題が付けられた河島茂生『生成AI社会』(ウェッジ)が、この問いの参考になる。法教育も生成AIの利用も、倫理的な発想が必要ではないか。

 
コンピュータソフトウェア著作権協会 専務理事 久保田裕
久保田 裕(くぼた ゆたか)
 1956年生まれ。山口大学特命教授。文化審議会著作権分科会臨時委員、同分科会国際小委員会専門委員、特定非営利活動法人全国視覚障害者情報提供施設協会理事、(株)サーティファイ著作権検定委員会委員長、特定非営利活動法人ブロードバンドスクール協会情報モラル担当理事などを務める。主な著書に「情報モラル宣言」(ダイヤモンド社)、「人生を棒に振る スマホ・ネットトラブル」(共著、双葉社)がある。
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