視点

DX推進を妨げるのは

2024/01/24 09:00

週刊BCN 2024年01月22日vol.1999掲載

 ある市のIT交流会でDXの話をする機会を得たので、その準備も兼ねて近頃のDXの進み具合を考えてみることにした。

 2018年9月に経済産業省から「DXレポート」が発表されて以来、大方の予想を裏切ることなく、さほど芳しい成果は得られていないのが現実だろう。23年3月に出版された情報処理推進機構の「DX白書」のサブタイトル「進み始めた『デジタル』、進まない『トランスフォーメーション』」は、まさに日本のDXの現状を言い当てている。

 デジタル技術は、一般には人手不足を補うとか、人手では成し得ない作業効率を求めて導入することがほとんどのように思う。DXへの理解が、不足する人的資源の補完あるいは代替、作業生産性の向上といった部分に偏ってしまっていたため、はるかに高い効果を期待できると誰もが思う生成AIの登場により、DXへの関心がすっかり薄れてしまったように思われる。このようなことも、5年という時を経て、なおDX推進で芳しい成果が得られない要因の一つであるに違いない。

 デジタル技術の用途として見落としがちなのが、ビジネスリソースの運用管理という視点である。ビジネスリソースには、ヒト(人材、労働力)、モノ(物資、設備、資産)、カネ(資金、財源)、情報(データ、知識、ノウハウ)、そして時間、知的財産、ブランド力がある。これらを効果的に管理し、活用する仕組みを整備することがDX推進に重要なはずなのだが、思いのほかテーマとして注視されていない。

 中小企業経営者の多くが既存のシステムやプロセスに固執し、変革にちゅうちょする傾向が強い。革新的な試みによるメリットより先にリスクに考えが及んでしまう。組織的な影響が少ない「効率化」は好むが、影響が懸念される「管理の変革」は避けたがる。これがビジネスのデジタル化という大きな変革を受け入れるのを阻んでいる。

 「DXへの取り組みについて何か先行事例を教えてほしい」と聞かれることはあっても、「このDXの取り組みは、まだ誰もしていませんよね」という質問は皆無である。デジタルスキルの不足も大きな問題ではあるが、ビジネスモデルの変革を望まず、生産性の向上ばかりを求めるという企業経営者のマインドこそがDXを阻む深刻な障害である。

 
株式会社SENTAN 代表取締役 松田利夫
松田 利夫(まつだ としお)
 1947年10月、東京都八王子市生まれ。77年、慶應義塾大学工学研究科博士課程管理工学専攻単位取得後退学。東京理科大学理工学部情報科学科助手を経て、山梨学院大学経営情報学部助教授、教授を歴任。90年代に日本語ドメインサービス事業立上げ。以降ASP、SaaS、クラウドの啓蒙団体設立に参加。現在、「一般社団法人 みんなのクラウド」の理事を務める。
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