視点

禅と量子コンピューター

2023/10/18 09:00

週刊BCN 2023年10月16日vol.1988掲載

 この夏、弘法大師空海を訪ねて高野山に出かけた。今年は空海の生誕1250年にあたる年で、普段は非公開の秘宝の開帳など多くのイベントが行われた。一説によると、空海は今も奥の院御廟の地下で座禅を続けているといわれていて、毎日食事が届けられている。小雨の降る中、奥の院へ続く道を歩く中で「よく来た」という声を聞いた気がした。

 空海の伝えた密教は、後に道元導師によって座禅の要素が引き継がれ、曹洞宗の「禅」として世界中に広まることとなる。禅は「Zen」という英語の一般名詞になっており、スティーブ・ジョブズが強く影響を受けたことはIT業界でも有名である。

 その禅と量子論が似ているところがあると、長野県立大学の大室悦賀教授にうかがい、浅い知識ながら共通点を探ってみた。

 一つめは、禅の「二つでありながら一つである」という非二元性と量子論の「0でもありながら1でもある」という重ね合わせ(スーパーポジション)が似ている。

 二つめは、すべての存在が相互に依存し合い、一切の分離がないという禅の考え方と、量子論におけるエンタングルメント、つまり量子もつれの概念。この二つが似ている。

 そして三つめは、観念と現実の関係を観察者として概念的にとらえるところだ。目で見えているものを構造的に見ようとすると、分かれるものを概念で捉えるところが似ている。

 では、こうした共通点をもって、私たちの活動にどのような援用をしたらよいのだろうか。まず一つめのスーパーポジションは、ある枠の中で固定されない振る舞いとして援用できる。先生であり生徒である。行政職員であり市民である。ユーザーであり開発者である。

 二つめは、分かりやすい。関係性を切るのではなく巻き込まれる。そこから立ち現われてくるものに期待する。三つめの概念で捉えることに関しては、そもそも私たちがルールや教義だと思っていることが共同幻想であり、本質的なことではない取り決めなので、イノベーションを起こす際に重要な視点だ。

 枠を外そう。枠を外した先に量子コンピューターが現れ、思いもよらぬ素晴らしい解を導く。禅と同じく答えはそこにはないのかもしれない。

 
サイバー大学 IT総合学部教授 勝 眞一郎
勝 眞一郎(かつ しんいちろう)
 1964年2月生まれ。奄美大島出身。98年、中央大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。同年、ヤンマー入社、情報システム、経営企画、物流管理、開発設計など製造業全般を担当。2007年よりサイバー大学IT総合学部准教授、12年より現職。総務省地域情報化アドバイザー、鹿児島県DX推進アドバイザー。「カレーで学ぶプロジェクトマネジメント」(デザインエッグ社)などの著書がある。
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