視点

「初めて」から考える

2023/08/02 09:00

週刊BCN 2023年07月31日vol.1979掲載

 第169回芥川賞の受賞作に、市川沙央さんの「ハンチバック」(文学界5月号)が選ばれた。市川さんは、難病の先天性ミオパチーを患い、人工呼吸器と電動車いすを使っている。7月19日の記者会見では、重度障害者の芥川賞受賞について「どうして2023年にもなって初めてなのか、それをみんなに考えてもらいたい」と語った。

 市川さんは、執筆の際に米Apple(アップル)の「iPad mini」を利用している。IT機器が市川さんの執筆活動を支え、「初」の芥川賞の受賞に貢献したことは、IT業界としては喜ばしいことだといえる。

 iPad miniを含むデバイスの領域では、毎年のように新製品が登場し、多くのIT企業がしのぎを削っている。愛好家といえるような人でなければ、それぞれの製品の特徴などを詳しく把握するのは難しい。

 市川さんも製品選びには悩んだようで、「移り変わりが激しかったので、自分に合ったものを見つけるのは苦労した」と述べ、「今はiPad miniが一番合っているし、なくならないといいなと思っている」と話した。

 ITの進歩に伴い、われわれの生活は大きく発展した。小欄はPCを使って執筆しているし、調べ物をする際はインターネットを活用している。かつてのように、鉛筆と消しゴムを使って原稿用紙に書くことは、もはや想像できない。既に導入しているITを手放し、過去と同じやり方に戻すのは、多くの企業にとっても難しいだろう。

 しかし、使用している製品やサービスが、IT企業側の都合で仕様などが変わったり、終了となったりする可能性は否定できない。そうなった場合、業務の進め方に影響を与えるかもしれない。市川さんが存続を求めているiPad miniも同様だ。

 IT企業が提供する製品やサービスはたくさんある。新しい製品やサービスに対して、市川さんのように迷いながらも自ら適切な選択ができるユーザーがいる一方で、どれを選んだらいいか分からないユーザーもいるはずだ。

 DXを旗印に、IT企業は「お客様に寄り添う」と盛んにアピールしている。製品やサービスを単に提供するだけでなく、顧客の声に真剣に耳を傾け、疑問や悩みに丁寧に対応することは、これからもさまざまな「初」をIT業界が支援していく上で大切な視点である。

 
週刊BCN 編集長 齋藤 秀平
齋藤 秀平(さいとう しゅうへい)
 1984年4月生まれ。山梨県甲州市出身。2007年3月に三重大学生物資源学部共生環境学科を卒業。同年4月に伊勢新聞社(津市)に入社し、行政や警察、司法などの取材を担当。16年4月にBCNに入社。リテール業界向け媒体の記者を経て、17年1月から週刊BCN編集部に。上海支局長を務め、22年1月から現職。旧姓は廣瀬。
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