視点

近林の檻にはまる

2023/01/18 09:00

週刊BCN 2023年01月16日vol.1953掲載

 「遠くを見る者は近林の檻にはまる」ということわざをご存じだろうか。私は初めて聞いた。手元の「ことわざ辞典」(岩波書店)にも載っていない。

  これは、遠くばかりを見過ぎて近くの落とし穴に入ってしまうという意味のことわざをを探すため、チャットのできるAI「ChatGPT」に質問して返ってきた言い回しだ。

 正確には、このような答えを返してきた。

 「『遠くを見る者は近林の檻にはまる』ということわざがあります。このことわざは、目の前の問題や状況を見落として、遠い未来や理想を目指しすぎることによって、近くの問題や危険に気づかずに身を挺すことを指しています。また、『見遠して近道を踏み外す』ということわざも似たような意味です」

 もう一度、同じ質問をしてみると、今度は、「そのことわざは『遠くの空は青し、近くの空は黄色』というものです。これは、人が遠いものに夢中になりすぎて、近くにある問題や落とし穴を見過ぎてしまうということを指しています」と、返してきた。

 どちらも、それらしい答えではあるが一般的に知られていることわざではない。もしかすると日本以外の国のことわざなのかもしれない。ChatGPTはイーロン・マスク氏や米Microsoft(マイクロソフト)が出資するOpenAI社が発表したAIだ。公開からわずか6日で利用者が100万ユーザーを突破したと、サム・アルトマンCEOが公表して話題となった。

 実際、いくつかの問いを投げてみると、大型言語モデルを駆使して正しい回答を出してくることもあるし、先ほどのように正解ではないものの、誤字を含め、とてもヒューマンタッチな文章を返してくることもある。

 使ってみて面白いと感じたのは、このヒューマンタッチを感じるところだ。「すみません。私にはわかりません」と冷たく答えるAlexaとは少し違う。

 このリアルな人間のような受け答えは、明らかな違和感を伴わないため、なんとなく会話が成り立っているような幻想を継続させる危険性も感じた。これは、人間同士も実は曖昧な言葉で会話していることの裏返しのようにも感じる。私たちのコミュニケーションのあり方こそ、気をつけるべき「近林の檻」なのかもしれない。

 
サイバー大学 IT総合学部教授 勝 眞一郎
勝 眞一郎(かつ しんいちろう)
 1964年2月生まれ。奄美大島出身。98年、中央大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。同年、ヤンマー入社、情報システム、経営企画、物流管理、開発設計など製造業全般を担当。2007年よりサイバー大学IT総合学部准教授、12年より現職。総務省地域情報化アドバイザー、鹿児島県DX推進アドバイザー。「カレーで学ぶプロジェクトマネジメント」(デザインエッグ社)などの著書がある。
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