視点

「実の力」よりも「浮力」で世界が動く時代か

2022/08/03 09:00

週刊BCN 2022年08月01日vol.1933掲載

 先日あるビジネス誌で上場企業3700社の社外取締役9400人の特集を見ていて、びっくりしたことがある。昔、スタートアップ支援の仕事をしていた頃、その案件の一つに機械部品の会社があった。ご主人が技術屋さんで、その奥さんが「かかあ天下」の社長であった。

 押しが強くメリハリが利き、誰の前でも正論を吐く。そして何よりも機を見るに敏。普通の男性だと尻込みをするような女傑タイプの方であった。彼女はその発信力の高さから瞬く間に有名になり、政府のある委員会の委員などにも就任し話題となっていた。

 その彼女の会社は、それほど大きくはならなかったが、今では全国で何人かに入る有名な女性非常勤取締役で、その報酬が年間数千万円とされる。

 世の中は、人間もそして会社も「実の力」は大切だが、それを押し上げる力、つまり「浮力」が大事だとつくづく思い知らさる。確かに彼女は利発で能力があるが、そうした女性は世の中に数多くいる。彼女の最大の能力はこの浮力をつけることが、うまかったことである。

 このことを、ソニーの創業時に井深さんなどと一緒に仕事をしてきた方と会う機会があったので話してみると「そうなんだよ。ソニーはテープレコーダー、トランジスタラジオと絶対的価値のある製品を出していたから、そんなことを考える必要がなかった。後から追いかける企業が、自然とソニーに浮力をつけてくれたからだ。その後、ソニーは低迷期からの復活に少し時間がかかったが、その要因の一つに、自社に浮力をつけることへの関心が薄かったことがある。これは、ソニーが世界市場で絶対的価値がある製品を出せなくなった時に考えなければならなかった。一言でいえば、絶対的価値のある製品を出していた頃の感覚を忘れることに時間がかかった。反省すべき材料だ」と意味深なことを話してくれた。

 一方、世の中では困ったことも起きている。人間や会社が、実の力を付けるよりも、この浮力を付けることに重点を置き始めたことである。FacebookやYouTubeでいえばフォロワー数や登録者数をいかに増やすかということだけが重要になり、それが評価の基軸となってきた。この本末転倒の流れはいかんともしがたく、極端に言えば世界市場がこの浮力で動かされている感がある。

 
アジアビジネス探索者 増田辰弘
増田 辰弘(ますだ たつひろ)
 1947年9月生まれ。島根県出身。72年、法政大学法学部卒業。73年、神奈川県入庁、産業政策課、工業貿易課主幹など産業振興用務を行う。2001年より産能大学経営学部教授、05年、法政大学大学院客員教授を経て、現在、法政大学経営革新フォーラム事務局長、15年NPO法人アジア起業家村推進機構アジア経営戦略研究所長。「日本人にマネできないアジア企業の成功モデル」(日刊工業新聞社)など多数の著書がある。
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