視点

カンボジア中銀のデジタル通貨導入

2021/04/09 09:00

週刊BCN 2021年04月05日vol.1869掲載

 カンボジア中銀(国立銀行)が2020年10月から世界初のデジタル通貨「バコン」を発行したことは知られているが、それを整備したのが日本のIT企業のソラミツ(東京都渋谷区)であることはあまり知られていない。同社はこれもあまり知られていないが、ブロックチェーン(分散型台帳)技術では、大手ITベンダーと並んで世界有数の会社なのだ。

 まず、デジタル通貨を導入することになったのは、カンボジア中銀から同社へ直接依頼があったため。これはガセネタかも知れないと思い、半信半疑のまま現地に出かけ確認すると本当の話であった。

 これには、カンボジア的事情がある。現地の通貨「リエル」は、基本的には屋台や小さな店で使う補助通貨に過ぎず、普通の支払いには米ドルが使われる。現在、中国政府が人民元のデジタル通貨導入を強力に推し進めているが、これ以上の人民元経済化は防ぎたい。この切実な事情が背景にあった。

 今回のデジタル通貨導入のポイントを同社の宮沢和正社長は「まず、第一は導入コストと運営経費を安くしたことである(欧米の企業の請負コストの10分の1程度)。第二はセキュリティを高めれば使い勝手が悪くなり、使い勝手が良いとセキュリティが怪しくなる。このぎりぎりの線でシステムを構築した。第三は、最初のシステム構築はシンプルなものにし、市場ニーズに応じて必要な機能を追加する仕組みとしたことである。多機能なシステムは便利なようだが無駄も多い。現在、カンボジア中銀では、当社の社員が15人、現地のエンジニア50人が常時張り付いて新しい機能の開発を行っている」と語る。

 さて、デジタル通貨の利用者の反応は大変好評だ。これはシステムの柔軟性もあるが国民性もある。カンボジアでは三輪タクシーのトゥクトゥクの運転手から屋台の店主まで誰もがスマホを自在に使いこなしている。金融機関があまり発達しておらず、スマホが普及していることで、まさに砂に水が沁み込むように浸透していく。

 瞬間的だが、リエル建てでバコンを利用する人の数がドル建てのバコン利用者を上回ったこともあった。日本企業とデジタル通貨を活用して、常態化していたドル払いを自国通貨にとり戻すカンボジア中銀の通貨戦略はさすがであると言わざるを得ない。
 
 
アジアビジネス探索者 増田辰弘
増田 辰弘(ますだ たつひろ)
 1947年9月生まれ。島根県出身。72年、法政大学法学部卒業。73年、神奈川県入庁、産業政策課、工業貿易課主幹など産業振興用務を行う。2001年より産能大学経営学部教授、05年、法政大学大学院客員教授を経て、現在、法政大学経営革新フォーラム事務局長、15年NPO法人アジア起業家村推進機構アジア経営戦略研究所長。「日本人にマネできないアジア企業の成功モデル」(日刊工業新聞社)など多数の著書がある。
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