視点

いつかはわからないが、いつか必ず来る

2025/03/12 09:00

週刊BCN 2025年03月10日vol.2050掲載

 自動車整備業を営む経営者と話をする機会があった。おばあちゃんが買い物に使う軽自動車のオイル交換から、ちょっと“やんちゃ”なお兄さんの車のチューンアップまで手がける、この道30年の町の頼れるクルマ屋さんだ。曰く、「10年くらい前までは、自分が現役のうちはガソリンで走るクルマだけいじっていれば食べていけると思っていたが、逃げ切れるかどうか自信がなくなってきた」という。何から逃げるのかと言えば、電気自動車(EV)だ。

 欧州が内燃機関車禁止の方針を撤回するなど、ガソリン車からEVへのシフトは世界的に勢いを失いつつあるように見える。日本に目を向ければ、直近の新車販売に占めるバッテリーEVの比率は2%以下。EVが自動車のアフターマーケットに影響を与えるのはまだ当分先に思える。

 しかしかなり長い目で見れば、ガソリン車に比べEVのほうが伸びしろが大きいのは明らかだ。また、フル電動化はまだでも、運転支援機能などの高度化により、町の整備工場がタッチできる領域は減りつつある。前出の経営者は「今は仕事に困っていないが、老後の蓄えができる前に工場をたたむことを迫られるかもしれないとは考えている。そのとき何で生計を立てるか……」と話し、自分の事業にインパクトがあるほどのEV普及期が、「いつ来るかわからない」ことが悩みの種だとため息をつく。

 ITの世界ではAIが似たような存在かもしれない。今年最大の注目キーワードはAI、という年がずっと続いている。新しい生成AIモデルの登場にはいつもわくわくさせられるし、企業の活用事例も増えてきた。しかし、この数年で費やされた何十兆円という金額に見合う価値をAIが創出できているだろうか。さんざん「AIが仕事を奪う」などと言われているが、仕事が減った感覚もない。IT業界の中では、「まだAIにフルベットする(持ち金全てを賭ける)時期じゃない」という思いが頭をもたげている人も多いのではないか。

 ただ、幻滅に終わった過去のAIブームとは異なり、AIの進化は年々さらに加速しており、1年前にAIには無理だった仕事も今ならできるといった世界だ。AIは情報システムの基盤部分に組み込まれ、もはや引き剥がすことはできない。AI前提の事業計画を描けなければ、大きく利益を上げるのは難しくなる。自分のビジネスが明日AIに浸食されることはないだろう。しかし、いつかその日は必ず来る。

 
週刊BCN 編集長 日高 彰
日高 彰(ひだか あきら)
 1979年生まれ。愛知県名古屋市出身。PC情報誌のWebサイトで編集者を務めた後、独立しフリーランス記者となり、IT、エレクトロニクス、通信などの領域を取材。2015年にBCNへ入社し、「週刊BCN」記者、リテールメディア(現「BCN+R」)記者を務める。本紙副編集長を経て、25年1月から現職。
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