視点

週刊BCN 編集長 本多 和幸

2020/10/30 09:00

週刊BCN 2020年10月26日vol.1847掲載

 先日、久しぶりに帰省して、両親のスマホデビューに付き合った。地元の家電量販店で、そこそこ長く使えそうなスペックでコストパフォーマンスが高そうな端末を選んで、某大手キャリアのサブブランドの通信サービスを利用することにした。

 驚いたのは、両親が長年通っていた地元のキャリアショップから「5G対応機種でスマホデビュー」というダイレクトメールが届いていたことだ。当人たちも「新聞でもテレビでもこれからは5Gの時代だと言われているから」と、スマートフォンを使い始めるなら5G対応の端末にしたほうがいいのではないかと思っていたようだ。彼の地で5Gサービスが提供されるのが一体いつのことになるのかは知らないが、なかなかえげつない話だ。年金暮らしで収入源が限られていれば、月々の料金はガラケー利用時と同程度に抑えたいのが人情というものだろう。そしてまず初心者に必要なのは「スマホ体験」であって、まだその環境が提供されてもいない「5G体験」のメリットを喧伝して、ハイエンド端末を売りつけるのが適切な顧客体験(カスタマーエクスペリエンス、CX)につながるだろうか。

 CX向上への取り組みに、大手キャリアの意識が向いていないわけではない。ソフトバンクは昨年、エクスペリエンス・マネジメントツールのグローバル大手である米メダリアのソリューションを導入。全国のソフトンバンクショップなどでカスタマージャーニーを強化する方針を打ち出してきた。先ごろ、メダリア製品の活用範囲をさらに拡大していくとも発表した。ちなみにメダリアの日本法人はまだ正式に立ち上がっていない。そういう製品でもグローバルで実績があれば採用するというソフトバンクの姿勢に、CX向上をいかに重視しているかが表れているように思える。

 一方で、首相の鶴の一声がなければ値下げに踏み切れない、もしくは政治の強い圧力さえあれば揃って値下げを決断してしまう状況は、業界に適切な競争環境が存在していないのではないかという疑念を抱かせる。今年1月に起きたドコモショップの「不適切メモ」事件など、通信キャリアの商流における構造的な課題が根強く残っていることをうかがわせる事例も後を絶たない。「日本のケータイ代は高い」という単純化した議論に終始せずに、顧客ごとの最適なCXを競う健全な市場をつくるための施策を広い視野で考えてほしい。

 
週刊BCN 編集長 本多 和幸
本多 和幸(ほんだ かずゆき)
 1979年6月生まれ。山形県酒田市出身。2003年、早稲田大学第一文学部文学科中国文学専修卒業。同年、水インフラの専門紙である水道産業新聞社に入社。中央官庁担当記者、産業界担当キャップなどを経て、13年、BCNに。業務アプリケーション領域を中心に担当。18年1月より現職。
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