視点
一般社団法人 コンピュータソフトウェア 著作権協会 専務理事 久保田 裕
2020/04/24 09:00
週刊BCN 2020年04月20日vol.1822掲載
加戸さんは、文部省著作権課課長補佐として現在の著作権法の草稿を書いた人物だ。加戸さんが執筆した『著作権法逐条講義』(著作権情報センター)は、著作権法に携わる者のバイブルになっている。1985年の著作権法改正をもって、コンピュータープログラムが著作物として明記されたが、それまでソフトウェアを著作権法で保護するのか、通産省(現経産省)が提唱したプログラム権法として新規に立法するのか大論争が起きた。このとき、文化庁の幹部として、著作権法での保護論陣を張った一方の当事者だった。
89年にリクルート事件に連座する形で文部省を辞職した後、92年4月から丸4年間、コンピュータソフトウェア著作権協会(ACCS)の理事を務めてくれた。95年からはJASRAC(日本音楽著作権協会)の理事長に就任。著作権の世界では正真正銘のビッグネームだ。ACCSは当時、社団法人になったばかりの弱小団体で、ソフトウェア産業の知財・著作権保護といっても右も左もわからず突っ走り始めたときだった。理事は無給。無理難題にもかかわらず、この活動の重要性を強く主張され、公私にわたって当協会を担いでくれた。
その加戸さんの印籠は文化庁をはじめ霞が関官僚組織にも睨みが利いていたはずだ。加戸さんの存在があったからこそ、ACCSの活動は一目置いてもらえるようになったといっても過言ではない。歯に衣着せず、言うべきことははっきり口にする方だった。若輩者の私が口角泡を飛ばし屁理屈をこね回しても、静かに耳を傾けてくれた。そして「久しぶりの久保田節はなかなかよいぞ」と。
中古ソフト訴訟から経産省、総務省に対するスタンスなど、ACCSの無給の理事としてクールでクレバーな示唆をいただいた。損得を越えて今やるべきことをやる、男気のある方だった。組織人としてもリーダーとしても、こういう人物にこそ部下をはじめ周りの人は付いていくのだろう。
加戸さんが亡くなる2週間前、著作権情報センターの理事会で「しっかりやりなさい」と声を掛けていただいた。師匠に恥ずかしくないよう、精進しなければならない。
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