SIやSESを手掛ける企業の経営者から、クラウドを売ることができる営業を育てたいので研修してほしい、と依頼されたことがある。彼が言うには、「いくら『危機感』を伝えても、営業はSIやSESでしか案件を獲ってこようとはしない。AWSを使った新サービスも始めたが、まったく受注できない。これを研修で何とかしたい」という。
そんな彼に営業の達成目標を聞くと「売り上げと利益」だけだという。これを変えないままでは、きっとうまくいかないと申し上げた。なぜなら、「クラウドを売る」とは、短期的な売り上げや利益を犠牲にして、長期的なストック収益を目指すことだからだ。
この状況を放置したまま営業にクラウドを売らせようとしても、営業は目標達成が難しいので売ろうとはしないだろう。それではダメだと経営者がさらに危機感を煽り、プレッシャーをかけ続ければ、営業はあるべき論と現実のダブル・スタンダードに苦しみ、心を病んでしまうかもしれない。目鼻の効く優秀な人材であれば,この会社はヤバいと思って転職してしまうかもしれない。それでも、この研修を実施するかと彼に問うたところ、考えさせて欲しいとなり、その後のご相談は途切れている。
工数需要だけなら、売り上げや利益という業績評価は現場のモチベーションとなった。しかし現実はそんなに単純ではない。人手不足は需要に応えきれず、売り上げの足を引っ張り始めている。働き方改革で稼働率も上げにくい。顧客企業の内製化拡大で優秀な人材の流失が増えている。そしてクラウドや自動化、オフショアの普及は単金上昇の重石となっている。だから、クラウドだというのは理解できるが、業績評価基準をそのままに危機感を煽り、精神論を語り、現場に自助努力を求めるのは止めるべきだ。
業績評価基準を事業戦略に一致させなければ、現場は動かない。例えば、受注時に3年分の見込みの売り上げや利益を業績評価として与える、あるいは利用者数の増分を営業目標に設定するなど、事業のKPIと営業の業績評価基準を一致させるのだ。
あるべき論や精神訓話などなくても、自分が何をすれば評価されるかが分かれば、自発的に仕事をする。新しいことを始めるのなら、ふさわしい業績評価基準を作ることが、現場を動かす最善の策となる。
ネットコマース 代表取締役CEO 斎藤昌義
略歴

斎藤 昌義(さいとう まさのり)
1958年生まれ。日本IBMで営業を担当した後、コンサルティングサービスのネットコマースを設立して代表取締役に就任。ユーザー企業には適切なITソリューションの選び方を提案し、ITベンダーには効果的な営業手法などをトレーニングするサービスを提供する。