私は今年40歳になる。イチローが日本球界の歴史に残る打者になった90年代に少年時代を過ごし、彼の大リーグでの快進撃を目にしつつ、社会人として歩き始めた。60年代の流行語である「巨人、大鵬、卵焼き」は、娯楽が少なかった時代だからこそ広く支持され、その文脈の中で登場した長嶋茂雄や王貞治のような国民的スターが野球界から現れることはもうないのではないか。野球少年だった私に、長嶋の熱心なファンだっだ父親がそんな話をしていたことを思い出す。イチローはONと比べても遜色ない、時代の象徴として愛される存在だったと思う。平成が終わる直前の引退。まさに平成のスーパースターだ。
引退会見での「人より頑張ったとは言えないが、自分なりに頑張ってきたとははっきりと言える」「一気に高みに行こうとすると、今の自分とのギャップが大きすぎて努力が継続できない。少しずつの積み重ねでしか自分自身を超えていけないのではないか」といった言葉にも、不世出の選手ならではの重みがあった。日本だけでなく、米国でもレジェンド級の選手になったイチローが、いかに自分自身とストイックに向き合ってきたのか、その一端がうかがえる。
イチローを「日本人の誇り」だと思っている人は多いだろうが、カタルシスに浸るだけでなく、幅広い分野で世界を相手にイチロー級の活躍をする人材や会社がどんどん出てきてほしいものだ。その意味で、ITビジネスの領域はなかなか苦戦していると言えよう。日本を代表するITベンダーである富士通、NECが実質的なリストラの話題で注目を集める一方で、GAFAの成長はとどまるところを知らない。富士通、NECがGAFAに後手を取っているという論調には、ビジネスのフィールドがかなり違うだけに違和感があるが、両者の勢いに大きな差があるのは確かだ。
富士通、NECと同じくエンタープライズIT市場でビジネスを展開するAWSの成長には、一貫したフィロソフィーに基づく積み重ねの大切さを感じさせられる。ユーザーのデマンドを何よりも重視して機能向上、機能開発に地道に取り組み、かつそれを汎用的なサービスに落とし込むことに徹底的にこだわってきた。その継続こそが現在の巨大なポートフォリオとシェアにつながっている。クラウド市場で彼らの圧倒的な存在感を脅かす競合は、いまだに存在しない。
週刊BCN 編集長 本多和幸
略歴

本多 和幸(ほんだ かずゆき)
1979年6月生まれ。山形県酒田市出身。2003年、早稲田大学第一文学部文学科中国文学専修卒業。同年、水インフラの専門紙である水道産業新聞社に入社。中央官庁担当記者、産業界担当キャップなどを経て、13年、BCNに。業務アプリケーション領域を中心に担当。18年1月より現職。