ファッションは常に時代を映す文化であったが、ここ10年で大衆のファッションに求める価値が大きく変化した。Eコマースの普及により、洋服を買うという行為で利便性を追求したことで、手軽でそこそこなものが主流となった。いわゆる“ファストファッション”だ。経済的理由からデザインはパターン化され、色のバリエーションが少なくなったことにより、人の感性も鈍感になってきているという説さえある。IoTやAIが産業メカニズムを変えるといわれ、効率化や自動化に向けた事例が取り上げられることが多い。しかし、そこにはユーザーにとっての楽しみや喜びといった価値づくりが考慮されていない。
“Fashion+Technology”。わかりやすい実例は、バーチャルフィッティングやサイズの自動選択、購買履歴や閲覧履歴から好みを抽出し、もっている服との組み合わせを考慮したリコメンドしたりすることであろう。これらのテクノロジーが与えてくれる経験は、効率化や自動化の延長線でしかない。その先には洋服を選ぶ楽しみや偶然から生まれる新しいコーディネートなど、数式では表せない感性がどんどん失われてしまう気がする。ファッションの未来はこのままでは先細りだ。
Eコマースでは、ユーザーは画面で必要最低限の情報で購入を決断してきた。しかしファッションブランドは記号ではない。ブランドが提供する価値は、どのような歴史をもち、デザイナーの想いや素材の加工方法など、商品のもつ背景も含めて商品価値なのだ。だからこそ、テクノロジーが排除してきた情報を伝達することが必要なのではないだろうか。音楽でいうとハイレゾのようなものかもしれない。“感じる情報を伝達する”それがVR(仮想現実)で実現されようとしている世界観だ。VRがファッションを文化に戻してくれるかもしれない。
Psychic VR Lab社が行った試みでは、VR空間上に忠実に再現された洋服が現れ、触れると洋服がつくられた背景やブランドイメージが空間に映し出される。購買者は単なる商品を購入するのではなく、ブランドのもつ歴史や製造工程までも商品価値として評価し購入する。
ファッションをもう一度文化に戻す。豊かな体験をテクノロジーがもたらしてくれるからこそできること、そんな新しい試みが始まろうとしている。
事業構想大学院大学 特任教授 渡邊信彦
略歴
渡邊 信彦(わたなべ のぶひこ)

1968年生まれ。電通国際情報サービスにてネットバンキング、オンライントレーディングシステムの構築に多数携わる。2006年、同社執行役員就任。経営企画室長を経て11年、オープンイノベーション研究所設立、所長就任。現在は、Psychic VR Lab 取締役COO、事業構想大学院大学特任教授、地方創生音楽プロジェクトone+nation Founderなどを務める。