最近、都市部ではコンクリート・ミキサー車を見かける機会が少なくなった。なぜか? 建設工事現場に設置したコンクリートを生成するマイクロファブが、その場でコンクリートを生成するようになったからだ。マイクロファブは、コンクリートを集約的に生成する工場を不要にする。現場に送るのは材料で、状況にあわせてコンクリートを生成するためのレシピを選べばいい。
コンクリート生成用のマイクロファブよりも高い汎用性をもつのが、3Dプリンタだ。ユーザーが指定した設計プログラムに従って、3Dオブジェクトを生成する3Dプリンタは、インターネットにおける「エンド・トゥ・エンド」の特徴を備えた、物体の生成システムとして捉えることができる。3Dプリンタのユーザーは、「エンド」から発信される設計プログラムをインターネット経由で入手し、材料を用意すれば、3Dプリンタのある「エンド」で自由に3Dオブジェクトを生成できる。コンクリートを生成するマイクロファブと似た構造になる。異なるのは、個人で使うのか、企業で使うのかである。
個人のアイデアを反映した3Dオブジェクトの設計図は、インターネット上で簡単に公開できる。3Dプリンタのユーザーは、それを容易に入手でき、設計図が一定の品質基準を満たせば、自由な設計・製造が可能になる。つまり、悪用される可能性があるものを「製造会社」ではなく、「エンドユーザー」でつくることが可能になったことを意味する。たとえエンドユーザーに悪意がなくても、製造会社なら手を出さないような危険な3Dオブジェクトを自由につくることができてしまう。
この場合、誰が製造責任を負うのだろうか。3Dプリンタで生成した3Dオブジェクトが、他人に影響を与える場合に備えて、どのような仕組みをつくるべきなのか。
ソフトウェア分野は、オープンソースソフトウェア(OSS)に代表されるように、インターネット上に展開することで発展してきたという側面がある。個人で作成したソフトウェアを使う場合は、問題が発生しても、利用者の責任、あるいは訴訟などの方法で適宜対応することになっている。
3Dプリンタは、インターネットから実空間へと拡張する一つの出口である。そこで生成された3Dオブジェクトは、社会的な課題を、われわれに提起することになるだろう。
東京大学大学院 情報理工学系研究科 教授 江﨑 浩

江崎 浩(えさき ひろし)
1963年生まれ、福岡県出身。1987年、九州大学工学研究科電子工学専攻修士課程修了。同年4月、東芝に入社し、ATMネットワーク制御技術の研究に従事。98年10月、東京大学大型計算機センター助教授、2005年4月より現職。WIDEプロジェクト代表。東大グリーンICTプロジェクト代表、MPLS JAPAN代表、IPv6普及・高度化推進協議会専務理事、JPNIC副理事長などを務める。