視点

クラウドによる情報通信技術産業の構造変革

2012/11/29 16:41

週刊BCN 2012年11月26日vol.1458掲載

 クリス・アンダーソン著「MAKERS」の帯に「ソフトウェアが産業を次から次へと破壊していくさまに息を呑んできた方々へ 気をつけたほうがいい。その波はもうじきあなたのすぐ身近な産業にやってくる」という一文を見つけ、クラウドの普及がこれまでの情報技術産業の構造的破壊へと及ぶ様相がふと思い浮かんだ。

 何年か前のOECDレポートに、日本は情報通信技術産業の集積度が高い割にその技術を活用した新しい産業の創造という点で、他の先進諸国に比べて劣っているとの指摘があった。情報通信技術の普及は既存の多くの産業を破壊していくと同時に、新たな産業の創造を促す力ともなるはずなのだが、わが国においてはそれが十分機能していないというのだ。これとまったく同じ意味で、クラウドは既存の情報通信産業を破壊していくと同時に、産業の再構築を促す力になると理解すべきだと思うのだが、国内の情報通信産業がクラウドによる市場の構造的変化に対応すべく、自らその産業構造を再構築しようという動きはいまだにみえてこない。

 国内情報通信技術産業はようやくIaaSでの利益モデルを見出す気配をみせ始めてはいるものの、PaaS、SaaSでの利益モデルを見出すにはまだ至っていない。また、そのクラウドへの理解が技術面に偏重しており、クラウドが情報通信技術の利用形態の変革であり、事業モデルの転換であるとの理解が何故かまだ足りないままである。そこで、コンピュータソフトウェア協会の支援を得て、協会内にクラウドビジネス研究会というグループを立ち上げ、クラウドの利益モデルを探求し、これからの情報通信技術産業のクラウドへの取り組み方の指針を模索する活動を始めた。

 クラウドを技術面からみれば、そこで使われるものの多くは従来からあるものであり、それほど大きな変化にはみえず、従来の技術をもってその提供形態を変えずとも、まだしばらくは十分やっていけると思われる方もまだ多いのではないだろうか。だが、クラウド化が進展するなかで、サーバーやネットワーク機器などのハードウェア機能をソフトウェアで代用することが可能になってきた。そのことによって情報システムの運用管理のコストが大きく低減して利便性が大幅に向上したこと、その上で動作するソフトウェアの提供形態が大きく変わりつつあるという事実がある。そして、それこそがコスト構造を変え、価値の重心を移し、役割分担を変え、利益モデルを変える新たな力の源泉であることを見過ごしてはならない。

一般社団法人みんなのクラウド 理事 松田利夫

略歴

松田 利夫(まつだ としお)
 1947年10月、東京都八王子市生まれ。77年、慶應義塾大学工学研究科博士課程管理工学専攻単位取得後退学。東京理科大学理工学部情報科学科助手を経て、山梨学院大学経営情報学部助教授、教授を歴任。90年代に日本語ドメインサービス事業立上げ。以降、ASP、SaaS、クラウドの啓蒙団体設立に参加。現在、「一般社団法人 みんなのクラウド」の理事を務める。
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