日本IBMの中堅市場戦略

<連載・日本IBMの中堅市場戦略>第4回 ユーザー事例 綾里漁業協同組合(上)

2011/09/01 20:29

週刊BCN 2011年08月29日vol.1396掲載

 日本IBM(橋本孝之社長)の中堅市場戦略は、首都圏だけでなく全国規模で展開されている。日本IBM製品を活用したソリューションを、地方のユーザー企業に提供するパートナーが全国に存在している。東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手県大船渡市でも、日本IBMのパートナーが、ユーザーのITシステム復旧に全力を挙げて取り組んでいる。

被災団体の業務再開を助ける

 大船渡市の三陸町に事務所を構える綾里漁業協同組合(綾里漁協)。漁師と市場を結ぶ役割を果たすだけに、事務所は海のすぐそばにあり、津波の被害をもろに受けた。津波は、高さ8mの防潮堤を飛び越え、3階建ての綾里漁協の事務所ビルを飲み込んだ。1階は完全浸水、2階にあった机やオフィス機器はほとんど流され、3階だけが被害を免れた状況だった。この甚大な被害からの復旧を目指して業務再開をサポートしたのが、日本IBMのパートナーで、岩手県盛岡市に本社を置く地元ITベンダーのシンエイシステム(中島浩章社長)である。 

津波の被害を受けた綾里漁協の事務所ビル

 綾里漁協は、古くからの日本IBM製品のユーザーだ。「AS/400」を長く愛用し、販売・購買・経理・給与業務を支援する情報システムを「IBM System i(現IBM Power Systems)」で構築・稼働させ、ファイルサーバーとして「IBM System x」を利用するという、筋金入りのIBMユーザーだ。シンエイシステムは30年以上、綾里漁協のITインフラをサポートし続けている。

 シンエイシステムのサポートは、実は震災前から始まっていた。2010年2月、南米チリで発生した地震で、大船渡市には津波警報が出された。それを受けて、万一の事態に備え、シンエイシステムの熊谷健・営業部課長は、その当時1階にあったサーバー群を3階に移すことを提案。3階の給湯室を急遽サーバールームに変えた。この対策がなければ、今回の津波でサーバーとパソコンはすべて浸水し、重要なデータを完全に失っていたことになる。急造のサーバールームへの移設は、震災1か月前のことだった。 

地震が発生してからほぼ1週間後、仮設事務所で業務を再開した。
サーバーはとりあえず廊下に設置した

 地震発生後からほぼ1週間後、仮設事務所が決まり、組合員がパソコンとサーバーを瓦礫だらけの事務所ビル3階から持ち運んだ。シンエイシステムの熊谷課長は、本社のある盛岡市から車で約2時間かけて駆けつけ、業務再開をサポートした。地震が発生して約1週間経った時点では、電力供給もストップしたまま。自家発電装置を設置して、電力を確保した。インターネット環境を有線で構築するのは時間がかかるとみて、無線環境を整備した。当初電力量の問題もあり、System x とパソコン2台だけによる、最低限の業務環境をつくり、地元漁業者の復興が始まった。(つづく)(木村剛士)

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