クラウドアプリ界の異端 ブランドダイアログ~その“キセキ”を追う
<クラウドアプリ界の異端 ブランドダイアログ~その“キセキ”を追う>第4章 クラウドサービスの行く末を決めた戦略的な価格設定
2011/07/29 20:29
・第1章・第2章・第3章を読む
無料版だけではビジネスは成り立たない
第1章では、クラウド型の企業向けグループウェア「GRIDY」が産声を上げ、「無料」であるがゆえに爆発的にユーザー数を伸ばしてきた軌跡をたどった。しかし、「無料」のままでは、企業経営は成り立たたないことは自明の理だ。商取引が発生する仕組みを構築しなければ、どんなに先駆的な技術があっても、資金難に陥り、ビジネスが早期に崩壊することは明らかだ。「GRIDY」は、「無料で『GRIDY』を利用する対価として、ユーザーのインターネット接続環境やパソコン/サーバーの『遊休能力』を借り受け、その資源を独自のミドルウェア『GRIDY Client』を通じてネットワーク化することで『仮想コンピュータ』をつくり上げる」モデルだ。同社は独自のグリッド技術を用いて獲得したCPUやHDDの「遊休資産」を販売していないことは、これまでの章で説明した通りだ。では、どのようなビジネスモデルが隠されているのか。同社設立当初の戦略を振り返ろう。
「GRIDY」を出すまでの間、同社は個人向けパソコンからCPUとHDDの「遊休資産」を得て、これを顧客にスーパーコンピュータのように使わせることで収益を得るビジネスモデルをつくろうとしていた。だが、この方式は早々に先がみえてしまい、現在この流れは自社のインフラ能力の向上に置き換わり、有料版の「Knowledge Suite」を利用するコストを下げる仕組みとして利用されている。
有料版の「Knowledge Suite」は、2010年1月にリリース。ユーザーは無制限で、月額で1GB/2000円という超低価格の従量課金制でスタートした。1年半が経ち、現在までに800社以上が導入している。ユーザー数を急速に伸ばし、「遊休能力」であるストレージは徐々に増えている。だが、その容量がどの程度確保できていて、その「遊休能力」がどの程度、同社ビジネスにメリットをもたらしているかは分からない。
仮に、1か月平均で1社当たり6000円の従量課金収入があるとして、これに現在の800社をかけても、月間の売上高は480万円にすぎない。第2章で解説した三重県津市教育委員会のプライベートクラウドへの有償導入や、通信機器販売のスターティアに「GRIDY」をOEM(相手先ブランド供給)で提供したことなどをカウントしても、せいぜい月間で数百万円ほどの増加分にしかならず、ブランドダイアログの従業員40人弱を支えるビジネスには、到底なり得ないだろう。
顧客のニーズや課題を即座に解決することで成長
ここまでは、あくまで筆者が算盤で弾き出した机上の数値だ。これにもとづくと、当面の競合であるサイボウズやデスクネッツ、そしてトヨタ自動車やマイクロソフトなどとの提携で注目を集めるセールスフォース・ドットコムを追随するフォロワーとして筆者が注目しているブランドダイアログの「Knowledge Suite」は、このまま息絶えることになる。現状を踏まえ現況のビジネスをどう展開していくのか、そこを稲葉社長にじっくり聞いた。無料版のグループウェアとしてデビューした「GRIDY」は、サービス開始以来、顧客の導入と解約を繰り返し成長してきた。稲葉社長によれば「『GRIDY』は、ネガティブな意見からポジティブな意見の汲み取りに転換し、有料版の『Knowledge Suite』を生み出した」という。その経緯をたどると、「Knowledge Suite」はCPUやHDDの「遊休能力」を販売する前に、上がってきた顧客ニーズや課題を即座に解決することで育ってきたということだ。
同社が独自に開発した特殊なグリッド技術(プロモーショナルグリッド)は、革新的なテクノロジーに違いない。だが、実レベルで馴染みがなく、一部の導入を検討する企業からの資源提供だけでは、ビジネスに転換するまでに課題が多かったという。ところが、この課題の解決が進み、サービス自体の質が向上するにつれて、「お金を払ってもいい。資源提供のないバージョンで『GRIDY』や『Knowledge Suite』を提供してほしい」という問い合わせが出てきはじめたという。
「もっとお金を出したい」が出てくる理想のビジネスへ
無料版から始まって安価な有料版を出し、「もっとお金を出して使いたい」というニーズが吹き出てくるスタイルは、理想的なビジネス展開だ。稲葉社長は「サービスを利用するために『対価を払ってでも導入したい』というニーズへの変化は、ビジネスの起点ともいえる」と、胸を張る。ユーザー側の視点から見れば、本質的には「よいサービスにお金を払い、その保証を担保する」ことがお金を出す理由だろう。無料=保証ととらえることができないからこそ生まれる日本の企業特有の現象だ。稲葉社長は、「有料版の『Knowledge Suite』の登場で、当初からのターゲットである中堅・中小企業(SMB)の導入が加速した」と、この現象でビジネスを変えるきっかけをつかめたと語る。また、「Knowledge Suite」のグループウェア機能と完全に連携している営業支援・顧客管理サービス「GRIDY SFA」が、新たな成長の一翼を担った。「GRIDY SFA」があることで、中堅・大手企業からの問い合わせが増加。「GRIDY SFA」と「Knowledge Suite」を有料版にして、稼働環境や情報セキュリティを保証・担保するかたちで、中堅・大手企業の引き合いが増えた。同時に、そこから発生した機能への要求に応えて毎月アップデートされていくなかで、「Knowledge Suite」は導入が加速した。
しかし、企業規模が大きくなるにつれて、新たな課題も生まれてきた。中堅・大手企業には、年間で予算を策定する企業が多い。「Knowledge Suite」のように1GB/2000円の月額課金と企業登録や営業日報1件当たり10円という課金体系では、月単位で使うコストが変動し、年間予算が組みにくいのだ。一方、SMBはというと。初期投資を抑えて、月額費用も安価にしたいというニーズがある。サービス提供過程で、SMBと中堅・大企業で傾向が二分してきたのだ。実際に、これを理由に導入を見合わせる企業も出始めていた。2010年11月からは、この課題を解決するために多くの時間を割き、検討を繰り返してきた。
前章までで取り上げたユーザーの津市教育委員会の導入で、大規模運用の実績を武器に1社・1団体当たりの利用人数の増加が期待された「Knowledge Suite」だが、新たな課題として課金体系が浮上してきた。クラウド型のアプリサービスを展開するうえで、よく耳にする提供方法の課題だが、ブランドダイアログは別の危惧を抱いていた。稲葉社長は「サービス提供当初から『利用したいときに利用した分の対価を払う仕組み』にする」ことを命題として掲げていたが、中堅・大企業向けで要求されている提供方法では、この基本姿勢に反してしまうのだ。
「Knowledge Suite」は、利用者のニーズを汲み取りながら、毎月のようにアップデートを繰り返し、機能を拡張していった。顧客満足度の向上を最大ミッションに掲げ、それがようやく具現化する段になって、サービスの提供方法の課題解決に翻弄される――。筆者がブランドダイアログのビジネスモデルに対して抱いていた疑問がかたちになって現れ、早期に売上拡大を狙う戦略も実行できず、事業継続問題を抱えたまま、大きな判断を強いられることになった。
大々的に宣伝しない固定プランがSIerを呼び込む
どんなによいサービスでも、顧客の要望に応じたビジネスが成り立っていなければ、信用を獲得できない。こうしたなかで登場したのが、新しい価格設定だ。「欲しいだけのストレージ量を先に購入してもらうことが、中堅・大企業の要望に対する解決策になり、これによって月間の売り上げも上がる」(稲葉社長)――この考えにもとづいた新しい価格体系の設定には、実に6か月を要した。ユーザーはいくらなら払ってくれるのか。企業規模に応じた柔軟性のある価格体系、予算化しやすい年払い固定の値付けなど、練りに練った。そして、これらを追求して登場したのが、グループウェアのストレージ容量で安く年払いで利用できる固定プランと、「GRIDY SFA」に対応して日報や顧客情報を入力するごとに加算される1500レコードプラン、そして無制限利用プランの組み合わせだ。実際に、ほとんどの中堅企業はこのストレージ容量制と無制限プランを選び、売上げを高める効果を生んだ。
このプランでの正式なサービス提供開始は、2011年4月。具体的には、佐川急便グループの情報システム会社であるSGシステムや少額短期保険の日本共済など、中堅・大手企業への導入が加速した。ブランドダイアログの資料で導入企業一覧を見ると、名だたる企業が名を連ねている。ちなみに、固定プランは提供を開始してから3か月が経過しているが、ボリュームゾーンでいえば、1社あたりの初期投資は年間数百万円に達している。稲葉社長によれば、「企業規模が大きくなり、年間を通した価格設定にしたことで、導入までのプロセスは長くなっている。だが、過去に当社のサービスの導入を検討していた企業が再検討を開始するという副次効果も出ている」ということだ。
しかし、この固定プランについて、ブランドダイアログは、大々的なPRをしていない。その裏には、月額2000円で検討し上昇率をコントロールするのが難しいと考える中堅企業が、固定プランに流れてくるケースが多いためだ。こうしたケースの場合、中堅企業は固定プラン導入に向けて購入価格の再設定を検討する。この際に同社が苦手とするパートナーを絡ませた販売が加速でき、同社とパートナーの協業が進む。さらに、こうしたパートナーに対し、例えば「Knowledge Suite」などのOEMでの提供といった提案ができる。同社はこの固定プランを打ち出しつつ、サービスを間接的に販売するパートナーを獲得し、次のステージに上がろうとしているのだ。
稲葉社長によれば、「この固定プランが起爆剤となって、数か月後には、クラウド事業全体で単月の黒字化がみえてきた」という。2006年11月に創業したブランドダイアログに、ようやく黒字化のめどが立ったのだ。さらに稲葉社長はこう付け加える。「『オンプレミス(企業内)と違い、クラウドは儲からない』と考えているシステムインテグレータ(SIer)に、大きな流れを提供する。この固定プランの売上規模なら、SIerは販売に興味が湧き、クラウド事業でのイノベーションを想像できるはずだ」と、間接販売で収益を生み出す新たな戦略をしたためている。
前述の通り、ブランドダイアログはようやく黒字化にめどがついた段階にある。経営上の課題は山積しているようだが、いままさに大きな転換点に差しかかっているといえる。稲葉社長が創業からの光と影のなかで生み出した最新の戦略が正しければ、日本国内のクラウドビジネスに大きなうねりへの期待が生まれてくるだろうし、ブランドダイアログはクラウドサービスの需要拡大を担う存在へと成長していくだろう。この動きに期待したい。
次回は、近くリリースされる「Knowledge Suite」の新サービスを解き明かそう。(谷畑良胤)
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