定石を再考する~調査データの裏に見えるSMBの実態~
<定石を再考する~調査データの裏に見えるSMBの実態~>第4回 導入効果を語る前にまずユーザが抱える課題を訊き出そう
2010/09/01 20:29
実際の調査での選択肢は多岐に渡るのだが、ここでは説明をわかりやすくするために、「課題チェックシート」「効果説明資料」「ホワイトペーパ」「カタログ資料」の4項目に関する結果に絞った。縦軸は、ユーザー企業の業績別区分を表している。10年2月時点と10年5月時点を比較した場合、自社の経常利益がどれだけ増減したかをたずね、その結果に応じて設問回答をグループ分けしている。
「ホワイトペーパ」と「カタログ資料」については、説明するまでもなく、多くの方がすでにご存知だろう。「効果説明資料」とは、先ほどいくつか具体例を挙げた投資対効果を説明する資料にほかならない。
4項目のなかで、ややなじみの薄いのが「課題チェックシート」だろう。これは、ユーザー企業が抱えていると想定される課題をリストアップし、それに該当するものがあるかどうかをユーザー企業自身にチェックしてもらうというものだ。あくまでも課題にチェックマークをつけるだけであり、その課題に対する解決策については触れていない。健康診断のときに事前に記入する問診票のようなイメージだ。
前半に述べた内容を踏まえれば、「効果説明資料」がユーザー企業にとって最も重要な資料となるはずだ。確かに、「ホワイトペーパ」や「カタログ資料」と比べると、「役立つ」と回答しているユーザ企業の比率は高い。だが、よくみると、経常利益が減少⇒変化なし⇒増加となるにつれて、「効果説明資料」の回答比率は下がっている。
これとは逆に、「課題チェックシート」の回答比率は上がっている。つまり、業績がよいSMBは「効果説明資料」よりも「課題チェックシート」を「より役立つ資料」と考える傾向にあるといえる。これは、どういうことだろうか。普通に考えれば、単に課題を列挙しただけのものより、数値根拠に基づいた効果を詳しく説明した資料のほうが役に立つと考えるはずだ。実は、これこそがSMBの特性を如実に表しているのである。
「効果説明資料」でさまざまな数値根拠を示すために、ある程度の前提条件を設定する必要がある。利用者人数、データ量、アクセス負荷などのシステム面のパラメータももちろんだが、最も重要なのは、効果を示したいソリューションが解決すべき課題についての前提である。この前提がユーザー企業のそれと合致していなければ、どんなに詳細な根拠が示されたとしても、ユーザー企業は「自社には当てはまらない無駄な情報」と考えるだろう。つまり、「効果説明資料」では「ユーザー企業が自社の課題は何かを認識しており、その課題と資料内の前提が一致しているか正しく判断できる」ことが、暗黙の了解となっているのである。
ところがSMBは、そもそも自社が抱える課題を認識できていないケースが少なくない。ITによって解決すべき課題がほかにあるにも関わらず、「効果説明資料」の前提に従って導入効果判断をしてしまい、「それほど深刻でない業務課題に対して過剰なIT投資を行ってしまった」という失敗が多々あるのが実態だ。
では、どうすればいいのか。SMBにとって本当に必要なのは「効果説明資料」よりも一歩手前の「自社が抱える課題の認識」だ。かといって、いきなり「御社の課題は何ですか」と問いかけても、「とくに思い当たらない」とそっけない答えが返ってくるのは容易に想像できる。そこで登場するのが「課題チェックシート」なのだ。「社員がメールの宛先を間違えて送ることが多々ある」「データのバックアップがちゃんと取れているか不安だ」「営業マンは必ず帰社して日報を書く決まりなので、残業が多くなりがち」など、日々の業務シーンに近いかたちでさまざまな課題を列挙する。そして、当てはまると思うものをチェックしてもらうわけだ。
病気になったとき、一般人が自分の症状を客観的に把握し、適切な処方を自分で取捨選択することは難しい。企業が抱える課題も同じである。さまざまな薬の効用を記した資料を示す前に、まずは全体の状況をたずねる問診票に記入してもらうことが、重要な第一歩なのだ。
また、一般的に健康診断をこまめに受けている人のほうが、そうでない人に比べて健康状態は良好だろう。同様に「課題チェックシート」の有用性を認識しているユーザー企業のほうが、そうでない企業に比べて業績がいいという調査結果は、SMBの実態を踏まえれば実は当然の帰結といえるのである。
冒頭述べたように、SMBが投資対効果を重視していることは紛れもない事実だ。だが、そこでストレートに「効果説明資料」を提示するのではなく、SMB固有の実態を踏まえ、まずは一歩引いて「課題チェックシート」による現状課題の認識共有から始めることが重要だ。遠回りなようだが、飲ませたい薬はいったん脇に置き、あれこれ悩みながら問診票に記入する患者を温かく見守るという姿勢が、その後長期間に渡って「主治医」として認められるための秘訣といえるだろう。
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