視点

見てござる…地蔵と名月

2009/10/22 16:41

週刊BCN 2009年10月19日vol.1305掲載

 このコラムは「視点」と題されている。多くの方々がさまざまな視点で世の中の見晴らしを綴っておられる。私もコラムニストの末席を汚しながら、毎週楽しみに読ませていただいている。されど楽しんでばかりもいられない、またもや私の順番が回ってきてしまった。さて今回の視点をどこに据えようか…。奇をてらうつもりはないが、童謡と詩詞という妙な視点からプログラミング(ひいてはコンピュータ業界)にとって大切なことを述べようと思う。

 皆さんは、童謡『見てござる』をご存じだろうか。『お猿のかごや』で有名な山上武夫さんの作詞である。村のはずれのお地蔵さんは、子どもたちが仲良く元気に遊ぶ様子を「見てござる」という内容だ。

 京都では街のそこかしこにお地蔵さんがたたずむ。子どもたちが悪さをしないように、「お地蔵さんが見てはるで…」という声も耳にする。夏休みの終わり頃の地蔵盆は子どもが主役の行事である。

 ここで子どもをプログラマに置き換えてほしい。コンピュータで元気に遊べと見てござる。村のはずれで誰が「見てござる」のだろうか。プログラマとしての上達の第一歩は、動くプログラムと正しいプログラムの違いを知ること。これはまさに「見てござる」の会得である。

 秋も終盤、中秋節の代名詞になっている詩詞「水調歌頭」を次に挙げよう。北宋の文人であった蘇軾の作品である。

♪人有悲歓離合
 月有陰晴圓缺
 此事古難全
 但願人長久
 千里共嬋娟

 訳=人には悲しみ、喜び、別れ、出会いがあり、月にも曇った時、晴れた時、満ちた時、欠けた時がある。これは昔からのことで、完全無欠など、この世にはないのだろう。ただせめて願わくは、人が長く久しくして、遠く離れていても、月の美しさを共にできるように

 ここで月をプログラムに置き換えてほしい。もちろん人をプログラマに置き換えることも忘れずに。中秋節の風光に人(プログラマ)と月(プログラム)を重ね、名月(プログラムの美しさ)を共にする趣が大切である。

 童謡と詩詞をもって、オープンソース・ソフトウェアの真髄を述べたつもりだが、さてさて伝わっただろうか…。
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