視点

良い製品には真の思いやりがある

2009/08/03 16:41

週刊BCN 2009年08月03日vol.1295掲載

 長野県のほぼ中央に位置する塩尻市。ここを拠点に、長野サマライズ・センターというNPO法人が活動している。この法人は、ITを有効に活用して、障がい者・高齢者などの方々の自立を支援すると共に、それに関わる人材を育成し、誰にでも優しい街づくりに寄与することを目的としている。メンバーは主婦業の傍ら活動する女性が大半で、とくに聴覚障がい者にとって大切な「要約筆記」の普及に邁進している点が特色である。

 要約筆記とは、音声情報を得ることが難しい聴覚障がい者などに対して音声を文字にして提示し、外界との伝達を可能にするもので、近年は、IT環境が整ってきたことから「パソコン要約筆記」の必要性、要求度が急速に高まっている。


 冒頭に紹介したNPOは、従来からこの活動を積極的に行っている。一年半ほど前からソフトバンクモバイルと共に、聴覚障がいをもつ児童などのために携帯電話を用いた新たな実験に着手し、今年度からは、筑波技術大学、群馬大学と協同で、成果を出してきている。


 例えば、ある小学校でのプール開きの授業での実証実験の様子──。聴覚障がいをもつ児童は、他の子供と並んで教師の話を聞いている。が、その児童が見ているのは携帯電話の画面。実は、教師のしゃべる言葉が教師用の携帯電話を通じて、遠隔にいる要約筆記者(通訳)に伝えられ、その通訳者が即座に文字情報に変換し、児童の持つ携帯電話に転送される仕組みである。聴覚障がい児童は、ほぼリアルタイムに、教師の言葉を理解しているのである。


 このチームでは、障がいをもつ人の「知る権利」を支援したいとの思いから「情報保障」というキーワードを含む「モバイル型遠隔情報保障システム」と称して、全国初の導入実験を展開しており、高い評価を得ているのだ。早期の実用化、そして普及を心から望みたい。


 このような障がいをもつ方々へのITの活用は、さまざまな場面で研究され、実用化がなされているが、これらは高等教育機関や企業の研究部門を主体に展開することが多い。しかし、真に良いシステム作りを心がけるとすれば、現場により近い方々との連携で開発を進めることが重要である。良い製品には、思いやりが染み込んでいなければならない。先の事例で言うならば、NPOが担当している通訳者の努力を、そして、そこから生まれる思いを十分に汲み取ることが、システムの成功に繋がる要点といえよう。

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