ITから社会を映すNEWSを追う

<ITから社会を映すNEWSを追う>マイクロマシンとIT

2008/02/04 16:04

週刊BCN 2008年02月04日vol.1221掲載

ガン細胞を染色し早期発見

いよいよ「ミクロの決死圏」

 テレビのコマーシャルで超小型内視鏡やマンモグラフィの研究開発成果が流れている。一般消費者に知らせたところで売れ行きが伸びるとは思えないが、技術力を訴えることで優秀な人材の採用に結びつけ、高齢者や女性の認識を高めて医療機関に圧力をかけようという高等戦術かもしれない。研究開発の現場では、カプセル型の内視鏡とガン細胞の染色技術を組み合わせて早期に発見する先進医療が実用段階にあるという。マイクロマシンとITの成果だ。SF映画「ミクロの決死圏」がいよいよ現実に近づいてきた。(中尾英二(評論家)●取材/文)

■繊細な組み立て作業は人手

 福島県会津若松市。

 太平洋側と日本海側を結ぶ国道49号線から少し外れたところに会津オリンパスの工場がある。オリンパスメディカルシステムズの100%子会社、つまりオリンパス本社から見ると孫会社だが、グラスファイバーとCCDカメラを組み合わせた超小型内視鏡の開発・生産技術は世界トップクラスにある。

 同社が世界に先駆けて胃カメラの開発に成功したのは1950年。初期のモデルは患者にとって「飲み込むのは苦行だが命には代えられない」という代物だったが、80年代に入ってグラスファイバーとCCDカメラ、ビデオスコープが医療の現場を大きく変えた。CCDカメラがとらえた体内の映像をグラスファイバーで伝送し、ビデオスコープに映し出す。85年以後、胃カメラは「内視鏡」と呼ばれるようになった。

 「現在、ここで生産されている内視鏡のレンズの直径は、最小0・25ミリ。レンズを極小化し精度を上げた結果、先端に鉗子や光源をコンパクトに収めることができた」

 と、斉藤隆社長は説明する。

 患者の負荷を大幅に軽減するばかりか、受診の抵抗感を解消すれば、健康の維持・増進に貢献することができる。根底に流れるのは、日本国憲法の第25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」だ。

 精密機器の開発・生産にITは欠かせない。CADデータをダイレクトに取り込んで部品を加工し、注文に応じて的確に組み立て作業を指示するシステムが構築されている。東京・八王子の技術開発センターや医療機関、パートナー企業とテレビ会議システムなどで情報を交換し、改良を重ねていく。

 ところが「組み立ては人手」という。

 「内視鏡は多品種かつ少量生産。しかもCCDカメラを埋め込んだり、ハンダ付けをする繊細な作業は、機械ではできない」

■治療法も手術の姿も変える

 内視鏡の小型化は手術の姿を大きく変えた。胃や腸にできたポリープの摘出、胆石、盲腸の手術は、昔なら開腹しなければならなかった。ところが最近は、腹部に内視鏡が入る大きさの孔を開け、空気を送り込んで腹部を膨張させ、外科医がモニターを見ながら患部を切開する。術後、開孔部を3針か4針縫うだけなので、患者の回復も早い。場合によっては、手術したその日に自宅に帰ることも不可能ではない。

 臓器疾患の手術も同様だ。血管造影剤で静脈を映し出し、太ももの静脈から患部に薬品カプセルを送り届けるのだ。治療のための手段が患者の体力を奪い、時と場合によっては生命を危うくしかねない矛盾を解消する。

 そうしたなかで同社が取り組んでいるのは、カプセル型の内視鏡だ。楕円形をしたちょっと大きめのカプセルにCCDカメラ、光源、メモリ、受信機が詰め込まれている。これを受診者が飲み込むと、カプセルが胃から腸へと動いて、内壁の映像を記録する。

 「胸やお腹に信号発信機を付けてもらいます。内視鏡カプセルがどこにあるかを検出して、医師が移動先を指示するわけです。コンピュータに記録した指示データとカプセル内の映像を同期させると、モニターに映し出される内壁が特定できる」

 排出されるまで約8時間かかるが、受診者は診察台で口を開け続ける苦痛から解放される。ブロードバンドで映像を送信すれば、遠隔診断も可能だし、医療関係者は回収したカプセルに記録された映像を、何度でも繰り返し分析・検討することができる。まさにITを活用したマイクロマシンだが、そればかりではない。

 「医薬品メーカーとの共同研究で、ガン細胞だけを抽出する染色技術が実用化されつつあります。これだと肉眼では分からないガン細胞がカプセル型内視鏡に映る。ガンの発見が、現在よりもっと早期にできれば、これまでと違う治療方法がみえてくる」

 例えば、同じ大きさのカプセルにメスや鉗子を組み込んで、ガン細胞だけを摘出することが可能になる。開腹手術の負荷もなければ、術後に懸念されるガン細胞の拡散というリスクを減らすこともできる。

■非現実だからこそSF

 マイクロマシンの研究が本格化したのは92年。この年の1月、財団法人マイクロマシンセンターが発足し、ナノテクノロジーや量子工学の研究や光学センサ、マイクロモーターの開発が進められてきた。

 カレンダーが21世紀になると同時に登場した二足歩行ロボットは、そのなかの目に見える成果だ。研究はハイテクだが、昆虫の動きやエネルギーの取得方法に関心が集まっている。

 関連して思い出すのは、66年に公開されたアメリカのSF映画『ミクロの決死圏』だ。事故に遭った政府要人の命を救うため、特殊科学部局が考えたのは、治療チームを要人の体内に送り込むことだった。医師や看護婦が乗り込んだ潜水艦ごとミクロのサイズに小さくして、血管から注入する。医療チームを待ち受けたのは白血球の来襲、迷路のような血管、迫り来るタイムリミット(ミクロの大きさでいられる時間が限られている)……。

 SFといえば宇宙旅行、タイムマシン、中生代の恐竜といったところが相場だが、非現実だからこそエンタテインメントになる。ひょっとしたら……と思わせたのは邦画では『時をかける少女』、韓国では『イルマーレ』(ハリウッドでリメークされたことで知られる)。

 だが、マイクロマシンは決して夢ではない。それもこれも、『ミクロの決死圏』が提示したテーマ──見方を変えれば人の体の中は不思議に満ちた小宇宙で、これも未知との遭遇──があればこそだった。

ズームアップ
ITが開く未来
 
 インターネットの功罪がしばしば指摘され、IT業界は「3K」呼ばわりであるし、社会保険庁のずさんな情報管理も下手をするとITのせいにされてしまいそうだ。むろんDNA解析や遺伝子組み換えなどITの乱用は危険だが、医療技術の進歩を支えていて、その技術は考古学にも応用されている。オリンパスはカメラの領域から超小型内視鏡、富士フイルムはフィルムの領域からマンモグラフィで世界をリードする。両社は精密医療機器の分野で競合関係にあるが、お互いの牽制機能が働いて極端な技術偏重の暴走が未然に阻止される。そのうち住宅や家具にITが埋め込まれ、鉄腕アトムや宇宙家族ロビンソンの世界も夢物語ではない。なるほど未来を開くのはたしかにITだが、残念ながらそれはIT産業ではないのかもしれない。
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