IT業界のグランドデザインを問う SIerの憂鬱

<IT業界のグランドデザインを問う SIerの憂鬱>第34回 SI業界、変わるか滅びるか

2007/12/03 16:04

週刊BCN 2007年12月03日vol.1214掲載

 活況を呈しているかにみえるSI業界は、タクラマカン砂漠の彷徨える湖・ロプノールとよく似ている。自らの足場を持たず、産業界の景気次第で業況が極端に振れる。経済産業省の統計では右肩上がりの好調さを維持しているが、「すでに破綻の兆候が見え隠れする」という指摘がある。1つは金融機関のシステム統合ニーズが収束に向かっていること、もう1つは来年夏の北京オリンピック後に予想される中国経済の失速だ。IT投資はこれまでのような一本調子から、選択と集中に舵を切ると予想され、そのとき初めてSIerの生き残り競争が始まるというのだ。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)

「2年後に弾ける」という予測

現実は彷徨える産業


 ロプノール。

 遠く漢の時代から中国とササン朝ペルシア、果ては黒海を越えてローマ帝国を結んだ絹街道・天山北道の中継地として栄えた。雨期になると、ワジ(流れ込む海を持たない川)に濁流が走り、人も家も呑み込みつつ、昨日まで茫漠とした瓦礫の原だった沙漠に忽然と湖が出現し、楼蘭の王都は長い歴史の中でその水面とともに移動した。井上靖の小説『氾濫』の主題、ミイラ化して発見された楼蘭の美女が佇んだかもしれない湖畔──といえば、いかにもロマンチックなイメージがある。

 SI業界にこの名を当てるのは、何とも情けない。だが、自らの力で水を湛えることができず、雨期と乾季の外的要因で湖の大きさ、深さが決まる現状は、彷徨える湖ならぬ「彷徨える産業」と呼ばれても致し方ない。そもそもSIerが拠って立つところの「受託」とは、そういうことなのだ。「受託」に徹するのであれば、稲作農家が寒冷地でも実りが期待できる品種を生み出したり、稲と麦の二毛作で生産高の向上を図ったような努力が成されなければならない。あるいは天の恵みのみに依存しない、より工業的な手法を考案するのが、「産業」に至る成熟過程に欠かせないだろう。

 原始的な農耕においては、天の恵みと土地の広さ、投入する労力が生産高を約束した。現在のSI業の多くはこの段階にとどまっているといっていい。開発案件が引きも切らないときこそ、要員を増やすのでなく、業界をあげて生産効率を高め、品質を上げる工学的アプローチに取り組まなければならない。他の産業はそうやって工房的家内制手工業から近代工業に発展した。

 しかし多くのソフト会社は、人集めに奔走している。契約が人月単価によるかどうか、積算が人月単価の積み上げであるかどうかということと、人集めに走ることとは必ずしも同一ではない。あげくにこの業界は、家内制手工業の段階で発生する専門化と分業体制も明確になっていないまま、84万人が就業し、企業の利益率は2%台という労働集約型産業になってしまった。

金融・製造に不安材料


 SI業界の主要な取引先を調べると、金融機関がおおむね3割、製造業が2割強で、この2業種で全体の半分以上を占める。以下、運輸・通信、卸・小売業、サービス業、公共(電気・ガス)、行政機関・医療・教育機関と続く。

 現在のSI業界を覆っている気象概況は、金融機関と製造業における新規投資が高気圧となり、公共分野と行政・医療・教育分野の低気圧に向かって風が吹き込んでいる。上空を見上げれば、かなりの率で青空だが、所によっては曇り、または時々雨という状況にある。では、明日、明後日の予報はどうか。

 まず、晴天をもたらしていた主要な高気圧の一つである金融機関の情報化投資は、多少のタイムラグはあるものの来年いっぱいでひと段落し、2009年以後は運用・保守フェーズに入る。システム統合が終了するからだ。新たな金融商品の開発、郵政民営化に伴う中長期のIT化需要はあるだろうが、業界をまんべんなく潤すほどの余地はないと考えていい。加えて米国におけるサブプライムローンの破たんが、金融機関の新規投資を委縮させるとみることができる。

 もう一つの製造業の鍵を握るのは、国内における個人消費と海外に移設した製造コストの見合いだ。ここにきて諸物価を押し上げている原油価格の高止まりとドル安・円高が輸出に陰りをもたらし、経済活動全体に停滞を生む。海外における製造拠点の人件費と原材料費のアップ、なかでも北京オリンピック後に懸念される中国経済の成長率鈍化が、製造業の新規投資にブレーキをかける引き金となりかねない。

 この2業種におけるIT投資の緊縮率10%は、SI業界には倍の20%になって跳ね返る。というのは、原発注者(情報システムユーザー企業)の下に受発注窓口として存在する情報子会社が、外部への発注を絞り込むことが予想されるからだ。加えて受発注の多重構造の下流に位置するソフト要員派遣型の企業は、これまで以上に厳しい取引条件への対応を求められる。

トンネル渋滞の先と後ろ


 面白い例え話がある。

 高速道路のトンネル渋滞が、SI業界に起こる、というのだ。新規の開発案件を原発注者の近くで受けることができる企業と、そこから仕事をもらっている企業がどういう状況に置かれるか、という話だ。長いトンネルでは、どうしてもスピードが落ちる。先頭車両が減速すると、後続車の赤いブレーキランプが点灯し、次から次に赤いランプとなって、最後は「イクラの行列」ができあがる。

 原発注者からダイレクトもしくは二次請けレベルの場所にいるSIerは、多少スピードが落ちても難なくトンネルを抜けることができる。トンネルを越えた先に走っている車は少ないので、再びアクセルを踏み込んで、その先へスイスイと進む。半面、二次請け以下のソフト会社は、もともと先行車両にけん引されていて、自前のエンジンで走っていたわけではない。けん引ロープを切られたら、停止するほかない。

 また自前のエンジンで走っていたとしても、トンネルにたどり着く前に渋滞の中に紛れ込んでしまった車は、にっちもさっちも行かなくなる。一本道の高速道路だから、引き返すことも脇道に逸れることもできない。下手をすると追突事故に巻き込まれるかもしれない。ガソリンは浪費する、ドライバーの疲労はたまる、同乗者は辟易する。

 こうしてSI業界は生き残り競争が本格化し、トンネル渋滞を抜けた先にこそ、本来の姿があるのではないか。とすれば、いまのうちに、予想される渋滞を回避する方策を探り、手だてを講じなければならない。

 システム開発に工学的アプローチを導入するなどしてエンジンをチューンナップし、少しでも早くトンネルに近づく、ひたすら規模の拡大を図り、後続車が前に出られないように道路をふさいでしまう、M&Aでより高速で走る車両に連結する高速道路に乗らず一般道をトコトコ行く──といった方策がある。

 いやいや、2年後、すなわちポスト北京五輪の渋滞はそんなことでは乗り越えられない、という説もある。いよいよ《SIerの憂鬱》が始まろうとしている。
  • 1