ITから社会を映すNEWSを追う
<ITから社会を映すNEWSを追う>厚労省職員がウィキペディア改ざん
2007/09/17 16:04
週刊BCN 2007年09月17日vol.1203掲載
“ネコ杓ネット”時代の限界?
権力が安易に情報操作
インターネットはたしかに便利だ。何かを調べるとき、Wikipedia(ウィキペディア)は書籍の辞書や百科事典と同等もしくはそれ以上の利用価値がある。ところが外務省、内閣府、総務省、NHK、TBSに続いて、厚生労働省の複数の職員がウィキペディアに事実無根の誹謗中傷記事を書き込んだり、既存の記事を改ざんしていた事実が発覚した。公務時間中に省内のパソコンを使ったという。ネコ杓ネット(ネコも杓子もインターネット)時代のひずみともいえるが、国家権力がネットの信頼性を脅かした罪は軽くない。ウィキペディア日本語版の改ざんが発覚した最初は8月31日。インターネット・ニュースサイトのJ─CASTによると、NHKの大河ドラマ「武田信玄」について、題字の盗作疑惑をめぐる記述をNHKが2年前の7月に削除したのが判明した。TBSも自局のテレビ番組について「低視聴率にあえいでいる」とした記述を削除したほか、自局の女子アナについて「下ネタが得意」という記述が追加された。
昨年2月には内閣府の職員が猪口邦子・少子化男女共同参画特命担当大臣(当時)についての項目にあった記述を削除した。削除したのは「独断で行動する猪口に対し、閣内、党内から批判の声が上がっている。初当選から日が浅く、国会議員としての未熟さが招いた事態とも言える」という部分で、大臣を批判から守ろうとしたのかもしれない。
総務省も負けてはいない。「日本政府が難民条約に加盟したことを受けて、日本としても難民(当時はインドシナ難民が主)を受入れることになったが、外務省・厚生省ともに難民政策という政治的で面倒な割に利権が全くない業務を抱えるのを嫌がり……」と、内輪の悪口めいた記事を追加しているのだ。
■職員処分で済む話か
恥の上塗りをしたのは厚生労働省。国会で“宙に浮いた年金”問題を厳しく追及した民主党・長妻昭衆院議員についての項目に、厚労省内のパソコンから「行政官を酷使して自らの金稼ぎにつなげているとの指摘もある」と書き加えられていた。年金情報の確認作業が一向に進んでいないなかでの出来事だけに、矢面に立つ厚労省が自ら火に油を注いだ格好だ。国家公務員が職務中に、公務用のパソコンを使って情報を自己に都合のいいように書き換えたとなると、明らかにパソコンとインターネットの業務外使用であり、業務規約違反に相当する。だが、公務用パソコンを不正に使用した職員を処分すれば済むことではない。事件の本質は、国家権力側や報道に従事する者が情報を操作したことにある。
こうした改ざんが明らかになったのは、ウィキペディアを運営している米ウィキメディア財団(WFI、米フロリダ州)が、更新履歴をもとにアクセス元のIPアドレスを検出するシステム「WikiScanner(ウィキスキャナ)」の日本語版を今年8月末に公開したため。ウィキスキャナに日本語で団体や企業の名前を入力すると、記事を書き加えたIPアドレスが一覧で表示される。
名前を伏せて、誰もが自由に記事を書いたり編集できるのがウィキペディアの特色だ。世界中の人が無償で知識を供出するというのは、オープンソースソフトウェアの「コピーレフト」(複製推奨と利用の自由)の考え方に基づいている。実際、ウィキペディアはインターネット上の公共財としての地位を獲得してきた。
ところがその制限のなさを悪用し、自分に都合がいいように情報を操作したり、無責任な誹謗中傷が氾濫するケースが目立って増えてきた。米国でもCIAやFBIが情報を改ざんしている。また不確定な情報や誤った情報が書き込まれても、一般の利用者は正否を判断できない。「ウィキペディアにこうあるから正しい」と論拠にする人もいて、論文にウィキペディアからの引用を禁じる大学も出ている。
■辞書のカバレッジ超える
ウィキスキャナはそうした不正を抑制するために米国の技術者たちが開発したものだが、ここで「ちょっと待てよ」と立ち止まって考えることが必要ではあるまいか。要するに“ネコ杓ネット”時代の限界がひずみとなって、図らずも露呈しただけのことなのだ。ウィキペディアについていえば、日本語サイトだけで41万件以上の項目が掲示されている。『広辞苑』の項目数の約2倍、全15巻17冊の『国史大辞典』(吉川弘文館)の7倍を上回る項目数だ。すでに辞書や辞典のカバレッジを超え、現在活躍中の企業や個人にまで及んでいる。すると、定説・定見ではなく、書き込んだ人の主観が反映されやすい。ウィキペディアの「2チャンネル」化が進む懸念がある。加えて、著作物からの無断引用も頻発する。
出版物としての辞書や辞典、あるいは新聞や雑誌がネコ杓ネット時代に一定の価値を維持することができているのは、編集に当たって基準や枠組みがあり、責任の所在が明示されているためだ。これに対してインターネットは、全般に匿名性が前提であり、無責任になりやすい。ウィキペディアがコピーレフトの原則に立つとすると、記事の引用が著作権に抵触するかどうかも定かでない。
もう一つは「ケイタイ」の安易性だ。分からない漢字が出てくると携帯電話で確認する人が増えているという。メール文を作る文字変換機能は、読み方を全部入れなくても逐次変換で候補の文字や熟語が表示される。便利で簡単だが、「何となく分かったつもり」になるだけで、しっかり記憶されるわけではない。
これは今に始まったことではない。日本語ワープロが普及したことで、漢字が書けない、読めない人が増えた。テレビの飲料水のコマーシャルで「ブドウ」を「武堂」と書くシーンがある。テレビの前で「バッカじゃない?葡萄に決まっているじゃないか」と笑っている人が「葡萄」という漢字を書けるとは限らない。
ウィキペディアや「ケイタイ」ばかりでなく、グーグル、ヤフーなどを使えば辞書も地図も交通機関の案内も簡単に手に入る。こうやって人はどんどん考えることをしなくなる。その先にあるのは意図された情報操作かもしれない。
ズームアップ ウィキメディア財団 同財団の目的は、ウィキを用いたオープンコンテントの知的資源を開発するプロジェクトの促進、およびその資源を無料、広告なしで広く公衆に提供することにある。多言語百科事典ウィキペディアの運営に加え、多言語辞書兼シソーラスであるウィクショナリー、警句箴言集のウィキクォート、主に学生向けの電子書籍集であるウィキブックスのサポートなどを行っている。(ウィキペディアから引用) |
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