ITから社会を映すNEWSを追う

<ITから社会を映すNEWSを追う>改正建築基準法と建築業界のIT化

2007/08/27 16:04

週刊BCN 2007年08月27日vol.1200掲載

書面で偽装を見抜くのは困難

オンライン化遅れる建築書類

 建築構造計算プログラムのデータ偽装が原因となった耐震強度偽装事件が発覚したのが2005年11月。建築物の安全・安心を確保するために改正された建築基準法が今年6月20日に施行された。これに合わせて建築確認申請業務のIT化に取り組んできた財団法人建築行政情報センター(ICBA、理事長・那珂正氏)が、建築確認申請のデータベース検索に対応する次期システムの開発に着手した。(千葉利宏(ジャーナリスト)●取材/文)

 改正建築基準法が施行されて2か月が経過したが、建築業界ではいまだに混乱状態が続いている。一定規模以上の建築物を新築または増改築する場合には、建築基準法や条例などに適合していることを確認する「建築確認申請」が義務づけられて適合判定が出なければ着工できないのだが、その申請手続きが滞っているからだ。先の耐震強度偽装事件で、建築確認申請の段階でデータ偽装が見抜けなかったため、今回の法改正で申請手続きが大幅に見直されて厳格化された影響である。

■偽装を契機に審査厳格化

 建築業界は中小・零細業者が多いため、他産業に比べてIT化が遅れていた。大手ハウスメーカーや建設会社にしても、設計業務へのCAD導入は済んでいるものの、建築確認申請は全て書面でやり取りされている。そんな状況で申請書類を細かくチェックしてデータ偽装を見破るのは大変な作業だ。

 建築確認制度で全ての建築物のデータが収集されていても、紙のままでは情報の活用が難しかった。耐震強度偽装事件でも、建築確認申請書に構造計算を下請けした建築士の署名捺印が不要だったこともあり、姉歯元建築士がどの建物の設計に携わっていたのかを調べるだけで大変な時間と労力が必要だった。

 さらに申請書類を保管する場所の確保も大変で、これまでは建築確認検査機関では5年程度で申請書類が破棄されてきた。これではアスベスト問題のように将来的に何か問題が発生した場合でも追跡調査は不可能だ。中古住宅を売買するときに、建物が工事完了検査に合格したかどうかを調べることも困難だった。

 IT化の遅れは、建築設計から確認申請までの業務効率化のネックにもなっていた。設計過程で、平面図の窓の大きさを1か所修正すると、立面図など他の設計図書に修正を反映させる必要が生じる。それらを全て手作業で行えば、修正漏れが生じやすい。建築確認申請書の図面に不整合な部分が10か所、20か所あるのは仕方がないというのが業界の常識だった。

 建築確認検査機関でも、審査段階で不整合が見つかると、申請者を呼んで書類の修正や差し替えを認めていた。確認検査機関が図面チェックと指導の役割も担ってきたのである。

 ところが耐震強度偽装事件では、設計期間を短縮するために審査過程での途中修正を見越して、書類提出時にダミーデータを使用していた。あとから正しいデータに差し替えるつもりだったらしいが、確認検査機関が見抜けずに審査をパスしてしまったことが、姉歯元建築士にデータ偽装を本格化させるきっかけになった。

 今回の法改正で、建築確認申請の審査過程における書類の修正は、誤字脱字程度以外は認めないことになった。審査過程で不整合が見つかった時点で、確認申請は却下され、最初から申請をやり直さなければならない。さらに階高が6階以上のほとんどの建築物で構造計算の二重チェックを行うことになったため、審査期間も大幅に延長された。建築確認申請が滞っている原因はここにある。

■ITの活用はこれから

 改正建築基準法に基づいた厳格な建築確認検査を実現するには、ITの活用が避けては通れない課題だ。しかし、国土交通省では6月の改正法施行に向けて政省令・告示、ガイドラインなどの整備に追われ、IT化までは手が回っていなかったのが実情。新制度準拠で大臣認定に合格した構造計算プログラムもまだ一本もない。建築確認申請のIT化対応もこれからだ。

 建築確認業務のIT化は、国交省の外郭団体であるICBAが中心になって取り組んでいる。01年にスタートしたe─Japan戦略で「行政手続きは原則として全てオンライン化する」ことが目標とされたが、建築確認申請はオンライン化の対象外。中小・零細業者を含めて建築設計図書の電子化を進めるのは難しく、データ容量も大きいためオンライン化は見送られてきた。

 ICBAで取り組んできたのは、建築確認申請書に添付する1─5面の文書部分の電子化だ。データを入力することで確認申請書の様式に準拠した書類をプリントアウトできる「建築確認申請書作成プログラム(申プロ)」を04年から無償でダウンロードして使える形で提供。申請者は申プロを使って作成した書類と、そのデータを記録したフロッピーディスクを建築確認検査機関に提出する。この申プロの新制度対応も今年末になる見通しだ。

 一方、確認検査機関向けには「建築確認支援システムV7ほくと」を開発し、提供してきた。確認検査業務は98年に民間開放され、確認検査機関にも建築指導主事の資格を持つ公務員を配置した地方自治体(特定行政庁と呼ばれる)と民間機関の二種類がある。最近は民間機関での審査が増えているが、民間機関に提出された建築確認申請書のデータを管轄の特定行政庁に提出するのにも、現状ではオンライン化されておらず、必要なデータだけを記録媒体に保存して提出している状況だ。

 今回の法改正では、工事検査の厳格化も図られ、完了検査の合否をデータベース化して検索できる仕組みを導入することになった。こうした機能も盛り込んで、現行のV7ほくとの次期システム構築プロジェクトが動き出したのである。

 ICBAでは今年度中に仕様を決めて来年度から詳細設計に入り、2010年度の本格運用を目指す。

 「現状では申プロの普及率は20%台にとどまっているが、データベース構築は、社会保険庁のようにデータ再入力などの作業が間に入ると間違いも起こりやすくなる。次期システムでは、いかに情報を正確に集められる仕組みをつくるかが重要だ」(ICBA幹部)。 建築物の安全・安心を確保する基盤となる建築物の巨大データベースシステムが誕生することになる。これに合わせて建築設計・確認業務のIT化も大きく進むことになるのか。

 建築物の安全・安心のために大幅な規制強化がなされたが、建築業者は従来のやり方のままではコスト増加は避けられない。同時にIT化によって正確かつ効率的に業務を処理できるようにする仕組みを構築していくことが不可欠となる。
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