IT業界のグランドデザインを問う SIerの憂鬱

<IT業界のグランドデザインを問う SIerの憂鬱>第19回 “国離れ”進む自治体の情報システム

2007/08/13 16:04

週刊BCN 2007年08月13日vol.1199掲載

 オープンソースソフトウェア(OSS)が注目されるようになったのは2001年、政府の「e-Japan」戦略の電子自治体プロジェクトにOSSの採用が盛り込まれたことがきっかけだった。これを受けて、総務省は03年に共同アウトソーシング構想を発表、そのなかで「ソースコードを公開することを条件に、1業務1アプリケーションを採用する」とした。ところが、この構想はその後、ほとんど立ち往生の状態にある。国が旗を振ったOSS普及推進策が進展しないのは、地域ITベンダーとの共存という視点が欠落していたためだった。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)

地域SIerにチャンス到来

国の役割が低下


 情報サービス業の育成・振興が政策課題となったのは1970年5月。通産省(当時)が策定した「情報処理振興事業協会等に関する法律」がきっかけだった。この法律に基づいて発足した情報処理振興事業協会は、現在は独立行政法人情報処理推進機構と改称して、ソフトウェア・エンジニアリングの研究・開発などに取り組んでいる。

 情報処理技術者試験制度、情報処理システム安全対策実施事業所認定制度、プログラム準備金制度など、国が推進する育成・振興策が現在の情報サービス産業の形成に大きく貢献したことは否定できない。だが、30年たった01年以後、情報化の推進に占める国の役割は大きく低下している。

 「人月単価方式の商習慣、多重下請けや偽装請負といった構造的な問題、システム設計・積算における技法や工学的アプローチの欠如など、未成熟な部分は少なくないが、ともあれ売上高でいえば14兆円を超える」(情報サービス産業協会の浜口友一会長)からである。国の指針に従わなくても、企業はやっていける。というより“お上”の政策や方針に従ってばかりでは、企業は成長しない。もはや、“お上”ありきの時代ではないのだ。

 地方自治体や公立の教育機関では、さすがに国の影響力が強く残る。だがITについては、国が主導することはほとんどないといっていい。補助金も交付金もない。国の制度を実施・運用しているのは地方自治体なので、「どんなシステムを使おうが大きなお世話」という意識がある。

上からの押し付けは拒否


 共同アウトソーシング構想。

 アプリケーション・プログラムを無償化すれば、市町村のITコストを大幅に低減することができる。かつソースコードを公開すれば、市町村が個別にカスタマイズすることができる──というのが、総務省が描いた構図だった。ただ、そのためにアプリケーション・プログラムを提供する企業には全国規模のサポート力が必須、としたことに、SIerが反発した。

 「電子自治体プロジェクトは民業圧迫」というのだ。国が全国の自治体に業務ソフトを無償で提供したら、ソフトウェア製品が売れなくなってしまう。そればかりか、カスタマイズや運用管理などの対価が、将棋倒しで下がっていく。

 しかも、「全国をくまなくサポートできる企業のアプリケーションを採用する」ということは、コンピュータ・メーカーやNTTデータといったITゼネコンの寡占を促すことになる。ITゼネコンはソフトを無償にする代わり、周辺サービスで利益を上げることになる。結局は随意契約の旧弊を助長するだけではないか、というのだ。

SIerが案ずるまでもなかった。共同アウトソーシング構想について、当の市町村が拒否したり、効果を疑問視したからだ。ソースコードの公開、無償提供という2本柱の“売り”が、拒否または疑問視の理由となった。

 「システム構築を外部に丸投げしてきた市町村に、ソースコードを読み取れ、というのはほとんど無理。多くの自治体は、地元のITベンダーがサポートするから、システムは安定的に稼働している」(沖縄県浦添市)

 「市町村は規模も違えば年齢構成や産業の構成など地域特性も違う。それを共通のアプリケーションで一本化しようというのは、現実を無視している」(和歌山県海南市)

いずれも情報システムのオープン化やアウトソーシングに理解のある“IT先進自治体”だ。ただ留意しなければならないのは、こうした自治体が拒否しているのは“上からの押し付け”であって、OSSそのものではない、ということだ。

現場のニーズ次第


 「MS-Officeで作成した書類を、住民のすべてが読み取れるわけではない。紙の文書、FAX、メールの場合はPDFやODFとするなど、多様な対応が必要」(福島県喜多方市)、「OSSをインストールするだけで、パソコン1台当たり年間3万円を節約できる。ITコストを下げるには、これがいちばん手っ取り早い」(栃木県二宮町)など、現場のニーズ次第でOSSの採用は進んでいる。

 静岡県掛川市は地元の小さなITベンダーがサポートし、ネットワーク系サーバーにLinux、Apache、MySQLなどOSSを採用した。「Windows系でシステムを組んだら、とても高いものになる。LAMPと市販の管理ソフト・パッケージで十分だし、地元のITベンダー育成につながる」。

 前出の浦添市も地元のITベンダーであるおきぎんエス・ピー・オーがOSSサーバーとシンクライアントをサポートした。同社はさらにSOA(サービス指向アーキテクチャ)を組み合わせたノウハウを県内の自治体や民間企業に展開している。

 

 山形県庁の電子文書システムをサポートするのは仙台市のITベンダーだ。OSSをベースにシステムを構築し、既存システムとの連携にSOAを採用した。千葉県市川市も「OSSとSOAでシステムの再構築に取り組む」(CIOの井堀幹夫氏)としているが、国が提案する無償ソフトや共同アウトソーシング・サービスを利用する考えは示していない。

 典型的なのは長崎県だ。電子県庁システムの構築に当たって、CIOに就任した島村秀典氏は「要求仕様書を作る段階から、誰にでも理解できるよう、オープン化する」とし、地元SIerに開示した。「地元SIerがプロジェクトに参加できるようにすることによって、脱メインフレームを実現する」という。OSSとSOAはその有力な拠りどころだ。

 「OSSの採用が地域SIerの振興につながる」としたことについて、総務省関係者は「結果として間違ってはいなかった」と主張する。エリート官僚特有の“無謬の原則”の顔がのぞく。民間の実情を無視したからSIerが一斉に反発したこと、自治体が求めたのはOSSそのものでなくオープンアーキテクチャだったこと。それが本当の理由だったことは、理解できないに違いない。

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