ITから社会を映すNEWSを追う
<ITから社会を映す NEWSを追う>伝統技術は人の手で
2007/08/13 16:04
週刊BCN 2007年08月13日vol.1199掲載
コンピュータも使うが…
新旧合作の酒造蔵
盛岡市の酒蔵「あさ開(あさびらき)」。全国新酒鑑評会で12年連続の金賞受賞を誇っている。1988年に完成した「昭和旭蔵」は全工程がコンピュータで制御され、経営情報には地元ソフトベンダーのシンエイシステムが開発したERPパッケージ「助っ人中島くん」を採用と、県内有数のIT活用企業だ。しかし村井良隆社長は「コンピュータは使っていますが、主役はあくまでも人」という。「杜氏が丹念に仕込まないと、いい味わいの酒はできません」。伝統とハイテクが同居する酒蔵を見学しに行ってきた。(中尾英二(評論家)●取材/文)盛岡市の中心街から車で10分強、ビル群を外れていかにも城下町の雰囲気を残す盛岡八幡宮のほど近くに、酒造・あさ開の酒蔵がある。
開業以来135年、平成に入ってから全国新酒鑑評会12年連続金賞(大吟醸「あさ開」)、全国日本酒コンテスト吟醸部門第1位(吟醸「夢灯り」)と高い評価を得る老舗酒蔵だ。
ここに最新設備を装備した昭和旭蔵が完成したのは1988年だった。新酒ができたことを知らせる杉玉が下げられた門をくぐると、白壁と黒瓦の純和風4階建ての酒蔵が姿を現わす。大晦日と元旦を除く毎日、一般の見学が可能とあって、地元ばかりでなく遠来の観光客があとを絶たない。
見学コースは4階に設けられている。精米室、蒸米室、麹室、仕込み室、槽場(原酒を絞る)と回り、一升瓶に詰めるボトリング工場を経て物産館へ、というコースだ。社員の案内がついて所要時間は約20分。夏休み期間とあって、説明のたびに家族連れや団体客から「へぇ~」「ほ~う」と歓声があがる。
■コンピュータで完全制御
「秋から冬にかけて新酒を仕込む時期は、大勢の人がいるんですが……」と説明員。南部杜氏の藤尾正彦氏を筆頭に、大わらわで仕込みが行われるという。ただ、春から秋にかけては、そのざわめきはない。そればかりか、仕込み室は全くの無人、ボトリング工場にも人影はまばらだ。
「全工程が完全にコンピュータで制御されているんです」
とその理由を説明する。
その日の気温、湿度に応じて、発酵室や仕込み室の温度をコンピュータが24時間コントロールする。人が介在しないので、雑菌が入り込む危険性を最小限に抑えることができる。ただし、出荷する製品は検査員が毎日抜き取って、科学的に風味や色合いを分析、最後に味見してOKを出す。分析室はさながら大学の研究室で、水質検査の専門家が感心するような分析用の機器がそろっている。
杜氏の藤尾氏は「人力だろうが機械だろうが、酒は第一に麹、第二に酒母、第三が造り(もろみ)」と言う。使用する米は山田錦、ひとめぼれなどだが、ひとめぼれは一般家庭用でなく、酒造り用に育てた特注品だ。これを機械で50%まで磨き上げる。良質なでんぷん質を残すことで、すっきりした呑み口が醸し出される。
機械に頼む酒造りでは伝統の技術を伝え残すために、並行して手揉みによる蒸米や麹の発酵、木の桶を使い人手による櫂入れ(攪拌)も行っている。「櫂入れのリズムには八代亜紀の『舟唄』がいちばん合う」そうだ。まさに新旧合作の酒蔵というわけだ。
■ソフトウェアは地産地消
製造工程が完全なコンピュータ制御というだけでなく、同社はERPパッケージでも先進ユーザーだ。これまでも販売管理、経理、人事など個別にシステムを導入していたが、「決算のための経理システムでなく、経営のためのコンピュータ・システムに」と村井社長が全面的な見直しを決断した。
「これまでのコンピュータ利用は、省力化がまずあって、その次に税務申告にかかる時間を短縮するため、とか、融資を受けるときの資料を迅速に作成するため、という理由づけが行われた。そこに〝経営のための〟という視点が抜けていた」
システムの全面更新に際して、複数の市販パッケージを検討したが、なかなかフィットするソフトが見つからなかった。たまたま同じ盛岡市に本社を置くソフト会社のシンエイシステムが開発したERPパッケージ「助っ人中島くん」の説明を聞いた。シンエイシステムの中島浩章社長が地元ユーザーの規模やニーズをもとにコンセプトを作った。
システムは大きく経理系と販売・仕入管理系に分かれ、両系統のデータを統合して経営情報を生成する総合経営システムが形成される。経理系は仕入、受注、販売(売上、売掛)、支払(買掛、経費)、給与などお金の出入りにかかわるデータを、販売・仕入管理系は生産、在庫、受注、発注、得意先、減価償却など現場のモノにかかわるデータを、それぞれ一元的に管理する。データベースが一本化されているため、両系統のデータが重複したり再入力する手間がかからない。
しかも操作性がいいので、金銭を出納する係と仕入の支払いをする係に複数の事務員を配置する必要がなくなった。支払処理は完全に自動化され、入金と出金も誤差がない。現場でモノを動かす人と伝票を起こす人が別ということもないので、出庫伝票のデータがそのまま出庫した実数ということになる。事務作業が軽減されたというだけでなく、正確に把握できるようになった。
あさ開の従業員は約80人。典型的な地域の中堅企業だが、全国規模で見れば「中小」の部類に入る。しかしITの利活用では先進企業だ。「コンピュータで伝統の技術は継承できない。技術の伝承は人から人、管理はコンピュータ」という考え方が根底にある。日本酒に代表される伝統品は、やはり「人が作る」ということだ。
大手ユーザー企業は何でもかんでもコンピュータ任せになり、人から技術やノウハウが失われつつある。例えば都市銀行のATMオンラインシステムが停止したら、窓口に立つ行員はなす術を知らず、立ち尽くすほかない。そうしたなか、本当のコンピュータ利用は地域の中堅企業に見ることができるのではあるまいか。
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