ITから社会を映すNEWSを追う
<ITから社会を映す NEWSを追う>迷走、社保庁の照合システム
2007/08/06 16:04
週刊BCN 2007年08月06日vol.1198掲載
混乱と困惑に翻弄される
政府調達指針の波紋
安倍首相が国会で「来年5月まで」と期限を切った社会保険庁の国民年金情報照合システムが迷走している。“宙に浮いた年金情報”が表面化した当初は、国会答弁で頻用された「突合」という言葉の解釈をめぐって混乱し、現行の既存システムを構築・運用しているNTTデータと日立製作所は困惑を隠さなかった。そうこうしている間に7月1日から「情報システムに係る政府調達の基本指針」が施行、随意契約での発注に歯止めがかかったのだ。参院選惨敗の安倍政権に、調達指針が追い打ちをかけることになるのだろうか。(中尾英二(評論家)●取材/文)7月30日、朝刊各紙の1面に「自民惨敗」の大見出しが踊った。29日に投開票された参院選で自民党が得た議席は37にとどまった。参院では民主党が非改選を含め第一党に躍進、評論家は衆院とのネジレが今後の政局に影響をもたらすと、かまびすしい。その陰に隠れてしまったのが、社保庁が新たに開発することになっている年金情報照合システムだ。
“宙に浮いた年金情報”が国会で争点に浮上した当初、安倍首相や柳沢厚生労働相が答弁で多用したのは「コンピュータによる突合」という聞きなれない言葉だった。文字面からすると、「突き合わせ」だが、何と何を突き合わせるのか、政府は明確に示さなかった。追及する民主党の議員もITに精通していないので、「要求定義が不明確。どのようなシステムを作るのか」という質問は最後まで出なかった。
■総務省がコメント
延長国会が閉幕して本格的な選挙戦に突入した7月1日、某テレビ局のニュースで衝撃的な情報が流された。政府機関や公共機関は今後、マイクロソフトのOffice製品を購入しなくなる、というのだ。「情報システムに係る政府調達の基本指針」が実施されたためだった。OpenOffice.orgやPostgreSQLの普及を推進するOSS支援者の間では、「いよいよOSSの時代がやってくる」というメールが飛び交った。
翌日、総務省は「オープンな標準に基づくソフトウェアという意味であって、特定メーカーの特定製品を排除するものではない」というコメントを発表、テレビ報道を誤報とした。「オープンな標準に基づくソフトウェア」が調達条件であれば、マイクロソフトの製品は対象から外れるとテレビ局が考えたのも無理はない。誤報とする決定的な根拠を示さないまま、政府機関がコメントを発表したのは異例といっていい。
総務省が敏感に反応したことについて、報道機関に対するけん制とみる向きもある。先の参院選報道に際しても、総務省は改めて公平・公正性と慎重な報道を求めている。NHK受信料をめぐる経営問題や、ヤラセ番組などテレビ局の相次ぐ不祥事をきっかけに、報道規制を強めようとしている、というのだ。
別の見方もある。
マイクロソフトや米政府への配慮だった、という指摘だ。政府機関ばかりでなく、地方公共団体や教育機関でMS-Officeはデファクトスタンダードになっている。「パワポ(PowerPoint)なしでプレゼンテーションができる役人がいるのか」という皮肉な指摘があったほどだ。サポートが打ち切られたり、米政府から申し入れがくることを懸念したという見方は、なるほどと納得がいく。
■地震・失言・事務所費問題
選挙戦のさなかに発生した中越沖地震と原発の安全性をめぐる議論、閣僚の相次ぐ失言と事務所費疑惑、そしてフタを開ければ自民党の歴史的大敗。年金情報照合システムの行方はすっかり忘れ去られてしまった。
「突合」とは、何と何を突き合わせることを指しているのか。常識的に文字面を解釈すれば、紙の台帳やマイクロフィルムに記録された情報と、コンピュータに記録されている情報の照合だ。ところが時間が経つにつれて、どうやらコンピュータに記録されている情報の名寄せのことであるらしいことが分かってきた。
漢字の読み(音、訓)だけならともかく、薫、正美、真樹など、一見すると女性と思われる名前の持ち主が男性だった場合、姓名・生年月日・性別の3つのファクターで完全な名寄せができるかどうか。最後は当該候補者へのヒアリングを実施しなければならないのではないか。
そうこうするうち、政府調達指針への準拠が課題になってきた。現行の社保庁システムを構築・運用するのはNTTデータと日立製作所。新システムの開発費は、ざっくり10億円と見積もられる。
■火中の栗を拾うのは誰か
指針施行後、初の大型案件を委託する先として、既存の2社が浮上したのは当然だが、それでは「随意契約の抑制」という原則に抵触してしまう。そこで、社保庁の上位組織である厚生労働省は、長年の取引がある日本ユニシスに競争入札への参加を打診したらしい。ところがプログラムの知的所有権がNTTデータに帰属していた。落札できたとしても、競争入札はかたちだけのこと。実質的にはNTTデータの下請けになるので、日本ユニシスは辞退してしまった。
NTTデータと日立にしても、随意契約で受注するのは本意ではない。首相が確約した「来年5月」というのは、システムの納期ではないからだ。「一人残らず突合を完了する」期限となると、遅くとも10月までにシステムを完成させることが前提となる。しかもその費用は国庫からか、社会保険料の積立金から出すのかも決まっていない。
参院選の大敗でも安倍首相は続投、内閣改造で乗り切る考えのようだが、年金問題と社保庁改革は見直しが必至となる。「公開競争入札を行ったうえ入札は不調、結局は既存2社と随意契約というシナリオではないか」とささやかれる。誰が火中の栗を拾うのだろうか。
ズームアップ 政府調達の基本指針 「各府省の情報システム調達について、競争の促進などによりコストの低減や、透明性の確保を図るための統一的なルール」として、総務省が統括して策定したのが「情報システムに係る政府調達の基本指針」だ。 調達計画書の公表や知的財産権帰属の明確化、口頭での仕様変更の排除などを規定、設計・開発が5億円以上のシステムについては原則として分割発注とし、オープン・アーキテクチャを採用することを要求している。 |
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