ITから社会を映すNEWSを追う

<ITから社会を映す NEWSを追う>環境ITSは温暖化防止に有効か

2007/07/23 16:04

週刊BCN 2007年07月23日vol.1196掲載

名古屋での実証実験に注目

一般道路での課金は難しい

 ドイツのハイリゲンダムで地球環境問題を主要テーマに6月6-8日に開催された主要国首脳会議(G8サミット)──。それに合わせて、国土交通省が日本版ロードプライシング(道路利用課金)の実証実験を今年夏から実施することを発表した。今年秋には民間主体で、名古屋地区で市民参加型の環境ITS(高度道路交通システム)の実験も行われる。欧州では都市部での渋滞緩和のため車両流入量を抑制する目的でロードプライシングの本格導入が始まったところ。日本ではどのような効果が見込めるのだろうか?(千葉利宏(ジャーナリスト)●取材/文)

 東京都内のぜんそく患者らが起こした東京大気汚染公害訴訟の和解が7月2日に事実上、成立した。国と都、首都高速道路会社に加えて自動車メーカー7社が東京高裁が示した和解案の受け入れを回答。11年に及んだ訴訟がようやく解決することになったが、問題はこれで終わったわけではない。

■IT活用で交通量を統制

 ここにきて注目が高まってきたのが、ITを使って道路交通量をコントロールすることで自動車からの温暖化ガス排出を削減しようという「環境ITS」への取り組みだ。自動車メーカーを中心に民間で組織するITSジャパン(会長・豊田章一郎トヨタ自動車名誉会長)は6月6日の通常総会で、2007年度から環境ITSに本格的に取り組む事業計画を決定した。

 「ITSがめざす目的は、安全・安心、環境・効率、利便・快適の3つ。06年にスタートしたIT新改革戦略で、安全・安心のための“J-Safety”プロジェクトが盛り込まれているが、今年度からは環境への取り組みも本格化したい」(寺島大三郎ITSジャパン専務理事)

photo 地球温暖化防止のための京都議定書の第1約束期間(08─12年)は目前に迫っている。温暖化ガス削減目標のうち、運輸・家庭部門では10%減の3・87億トンのCO2削減が目標値となっており、石油の4割を自動車燃料で消費している道路交通の環境対策は待ったなしの状況となっている。

 ITSジャパンでは、7月に東京、9月に名古屋で「環境ITSシンポジウム」を開催したあと、11月をめどに環境ITSの実証実験を実施する。交通渋滞を避けて通勤する通勤時間マネジメントや急発進などを避けるエコドライブ、交通渋滞の発生を予測するP-PRGS(動的経路誘導システム)、公共交通機関を組み合わせたパーク&ライドなどを市民参加型環境ITSと位置づけ、その改善効果を集約・可視化してウェブなどで市民に情報提供を行えるシステムを構築。幅広い市民参加を実現しようという試みだ。

 これまでに環境ITSの21システムについてCO2削減効果メカニズムを整理して、定量的に評価するためのシミュレーションモデルを構築。名古屋市で実証実験に24万人程度が参加した場合、9・12%のCO2およびガソリン消費削減効果が見込めるほか、豊田市で6万人規模が参加した場合でも3・87%の削減効果が期待できるという。ITによって市民の環境に対する意識を高めることで、温暖化ガス削減をめざそうというわけだ。

■ETCできめ細かな運用

 交通渋滞発生の原因、都市部への自動車過剰流入そのものを制限しようというのがロードプライシングの考え方だ。欧州では、ポルドガルの道路公団が導入したETC(自動料金収受システム)システム「ビアベルデ」や、スウェーデン・ストックホルム市で渋滞税課税システムなどでロードプライシングの導入が始まっている。

 欧米では高速道路でも通行料は無料が基本。都市部への自動車流入量を制限するのに課金するロードプライシングの考え方が成り立つが、日本はもともと高速道路は「将来は無料にする」との国民への約束を先延ばしして通行料を取り続けてきた。

 「日本では環境対策のために課金までして自動車の流入を制限するという考え方はまだ理解が得られないのではないか」(国交省道路局有料道路課担当者)

 これまで国交省では、交通渋滞対策の切り札として大都市圏における環状道路の整備に力を入れてきた。首都圏では、首都高速道路中央環状線、東京外かく環状道路(外環)、首都圏中央連絡自動車道(圏央道)のいわゆる三環状道路を整備して、都心部を通過するだけの自動車を環状道路に逃がそうという作戦だが、これまで整備が遅れて効果を発揮できずにいた。

 6月23日、圏央道のあきる野-八王子間が開通して、ようやく中央自動車道と関越自動車道が結ばれた。すでに利用率が70%近くに達しているETCは、時間帯ごとに割引料金を設定できるなど「世界的に見ても、これだけきめ細かな運用が可能なETCシステムは日本だけ」(大手ITベンダー)。

 環状道路とETCシステムがようやく揃ったことで、日本版ロードプライシングの社会実験が可能になった。

■問題は一般道での制限

 今回の実験では、関越道の鶴ヶ島ICと中央道の高井戸ICの間で経路別の料金を設定する。現行の通行料金は、首都高から外環、関越道経由が距離70・7キロで2250円、中央道から圏央道経由が距離77・9キロで2750円と500円高い。これをどれぐらい引き下げれば、圏央道経由での通行量を増やして、都心部への流入をどの程度減らすことができるかを探る。

 無料だった道路に新たに通行料を課すのと違い、もともと高かった通行料を下げるなら、利用者からの反発もなく導入しやすいのは確か。高速道路の無料化をズルズルと引き伸ばしてきたおかげで、日本版ロードプライシングもスムーズに実現できそうではある。

 ただ、道路通行料は高速道路建設費の債務返済の原資。料金格差をつけることで、環状道路への迂回を誘導させることはできるだろうが、下げすぎれば通行料収入への影響が心配される。その分を都心部への通行料の引き上げでカバーする方法もあるが、道路四公団の民営化の時に通行料金は1割程度引き下げたあと値上げしないことが明記された。

 「高速道路だけで十分な効果が期待できるのか」(自動車業界関係者)。さらに一般道の渋滞対策としてロードプライシングの議論は全く進んでいない。警察庁の道路監視システムを利用すれば一般道路での課金も可能と考えられるが、現状ではかなり論議を呼びそうである。

 来年、日本で開催される北海道洞爺湖G8サミットでも、環境問題が最大のテーマ。ETCシステムなどの道路交通システムを地球温暖化防止にどう活用していくか。知恵を絞る必要がある。
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