脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む

<脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む>【第3部】連載第9回 自治体で脱PCの動きが加速

2007/02/26 16:04

週刊BCN 2007年02月26日vol.1176掲載

サーバーを統合へ

アンチWindowsではない

 電子自治体の構築が進むなかで、サーバーの統合とシンクライアントが脚光を浴び始めた。マラソン中継風に表現すると、浦添市、二宮町、津久見市、岩国市、四万十町などが先頭集団を形成、これを首都圏の自治体が追っている。ハードウェアコストの圧縮やメンテナンスの簡素化だけでなく、職員に配布したICカード型の身分証明書で、「いつでも・どこでも」実行環境を再現できる新しい魅力がある。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)

■情報システムの棚卸し

 地方公共団体の職員は、パソコンをどのような業務に使っているのだろうか。電子自治体の議論に、このテーマは意外にも出てくることがない。事務処理の手続きや組織まで含めた現状分析と、システムリソースの費用対効果を総合評価することが先決で、技術評価は後回しでいい。

 栃木県二宮町が2004年秋に実施した調査がある。主導した情報管理室長・海老原慎一氏は、「情報システムの棚卸し」と呼ぶ。

 それによると、住民記録、税、福祉、財務会計など、いわゆる「基幹系」のアプリケーションを除くと、スケジュール管理や会議室などの予約が98.3%、Web検索による資料調査が96.5%、連絡や報告などのメールが93.0%という結果だった。メールの中には文書や表の作成も含まれる。

 「基幹業務のアプリケーションはWindowsにデペンドしている。もしLinuxでWindowsをエミュレートできれば、パソコンを買い替えずに済むと考えた」

 VNC(Virtual Network Computing)というソフトがある。Javaアプレットを実行するWebブラウザでLANに接続しているWindowsにリモートアクセスするソフトで、オリベッティ研究所(現在はAT&T研究所)が開発した。これがライセンスフリーで提供されていた。

 そこで05年2月、庁内11の原課にWindowsパソコンを1台だけ残し、その他のパソコン約140台をLinuxのシンクライアントに切り替えた。

 それに併せて、OA業務用のオフィス・スィートはOpenOffice.org、WebブラウザはFireFox、メールソフトはMozilla-mailと、オープンソースソフトウェアに移行したところ、初年度で約3000万円のコスト圧縮が実現した。同町は職員用端末をすべてLinuxのシンクライアントに切り替えた全国で唯一の自治体になった。

 「デスクトップと情報系サーバーのオープン化は、ほぼめどがついた。今後は県内IT会社に委託している基幹系システムの改善だ」

 と海老原氏は構想を語る。だが具体的な方策は「委託先を変に刺激したくないので秘中の秘」と笑う。

■PC1000台をリプレース

 沖縄県浦添市。

 琉球王国の初期に都が置かれた歴史の町が、電子自治体で注目されたのは03年だった。メインフレームを廃止し、オープン系サーバーとシンクライアントによるシステムへの移行を表明したからだ。対住民サービスの情報系や電子申請システムばかりでなく、基幹系システムもオープン・アーキテクチャに移行するのは全国で初の試みだった。

 「当り前のことをやっていたのでは改革にならない。IT担当部門の職員を半分に減らす。それを目標に方策を立てた」

 情報政策課長の上原豊彦氏は語る。7年前、使用しているメインフレームの契約が2年後に切れることから、ダウンサイジングによる情報システムの改革を計画した。まず運用を委託していたオーシーシーのセンターから市庁舎内の専用ルームにメインフレームを移設し、アプリケーションを順次、UNIX系サーバーに移していった。

 職員用の端末としてシンクライアントが浮上したのはその時だ。情報処理予算に占める端末のウエートが意外に大きいことに気がついたのだ。そこで地元のOA機器販社に頼んで、浦添市仕様のシンクライアント20台を作ってもらった。

 試作機はWindowsCEのパソコンからハードディスクやCD-ROMドライブを外したものだった。

 「それはそれで効果があった。しかし圧縮できたのはハードウェアコストだけだった。シンクライアントを考えたのは、運用の簡素化だった」

 と上原氏は説明する。

 試行錯誤の末、Linuxのシンクライアントにたどり着いたのは一昨年の2月だった。研修用として150台を導入し、向こう3年内に全庁約1000台のパソコンをリプレースする。

 同市が自慢するのは、職員の身分証明書として配布したICカードを端末のリーダーに差し込むと、個人認証したとたんに当人の利用環境がその場で再現される仕掛けだ。アプリケーションとデータはすべてサーバーの“私書箱”に収納されているので、いつでも・どこでも、どの端末からでも利用できる。

 「他の部署の管理職がブラッとやってきて、操作が分からないので教えてほしい、ということがよくあります。カードを差し込むだけでいいので、教える側も助かります」

 コストの圧縮はもちろんだが、シンクライアントが情報セキュリティの確保や職員の情報リテラシー向上にもつながることが分かってきた。また地元IT企業の育成・振興にも結びついている。

■文字化けや印字に留意

 二宮町、浦添市に共通しているのは、Linuxのシンクライアント+OSS化に伴って、Windowsで作成した既存のデータに文字化けが発生することだった。Open Office.orgとWindowsの文字コードセットが異なるのが要因だ。

 コンバージョンできない文字コードが空白になったり、濁音が崩れたりする(例えば「ば」が「は“」になる)。解決するには「UTF-8」という文字コードセットに統一すればいいが、特殊文字や外字の問題は残る。またプリントアウトの整合をとるには、当面の解決策としてプリンタドライバにGhostscript、Redmon17を採用すればいい。

 とはいえ、外部とのやり取りやアプリケーションによって、Windowsが必要な場合がある。

 二宮町は庁内LAN+VNC、浦添市はtarantellaでWindowsをエミュレートする方法を選択した。脱WindowsがアンチWindowsではないことに留意する必要がある。そのうえで経験則を積み上げていくことによって、電子自治体における脱レガシーの道筋が見えてくる。
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