脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む

<脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む>【第3部】連載第6回 構造改革なしに進んだIT化のツケ

2007/02/05 16:04

週刊BCN 2007年02月05日vol.1173掲載

地方にある結晶を発掘

中央依存を断ち切る

 本紙連載の『ITジュニアの群像』は、地方の高等専門学校で勉学する未来のIT人材を発掘・育成するという視点に立った社会的使命に基づいている。「その主旨にまったく同感」という励ましのエールが経産省から届けられた。電子自治体/脱レガシーは、中央の政策に依存しない自立の精神と、地域のITリテラシーにかかっている。その要こそ「モノづくりに汗を流す人材」にほかならない。地方に点在する結晶をどう掘り起こすか。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)

■政策を転がしちゃいかん

 2007年の年始。

 挨拶に訪れた経産省5階の「ものづくり政策審議室」から、闊達な笑い声が響いていた。

 笑い声の主は、同室長の前田泰宏氏だ。連載『ITジュニアの群像』、BCN ITジュニア賞、昨年12月にNPO法人として認可されたITジュニア育成交流協会など、BCNの一連の取り組みに「まったく同感」とエールを送ってくれた。

 兵庫県姫路市生まれ、88年入省の42歳。電子政策課(現・商務情報政策課)から大臣官房政策評価広報課長補佐、電子経済産業省(e-METI)推進本部総括主査を経て、05年1月現職。ITと産業、人材、国と地域のあり方を追求し、「現場主義」を貫く。

 東北のある都市で講演をしたところ、会場から「ところで経産省は地元の私たちに何を期待し、何をしてくれるのか」という質問があった。

 「何も期待していませんし、何もしません」

が答えだった。

 「地元の皆さんが何をしたいのか、どのようなビジョンを持ち、どのように具体化したいのか。それが先決じゃないですか」

 歯に衣を着せない発言は、時に過激と受け取られる。

 自称「圧倒的少数派」が政策審議室長を務めるのは、その考え方・姿勢が正鵠を射ているからだ。

 「われわれ役人は、政策を転がしてちゃいかん。ちゃんとした政策が求められているんやないか」

 歯切れのいい関西弁が続く。

 「要はな、ITも金型も、モノづくりや。モノづくりの原点は、人そのもの。人材がおらへんかったら、日本はダメになるんや」

 氏は、本連載『脱レガシーの道標』も承知していて、「まだ続けんのかいな」とこちらに水を向ける。

 「ま、この3月いっぱいは」

という返事に、

 「ほな、おもろいコト教えたるわ」

と話し始めたのは、まさに脱レガシー/電子自治体についてだった。

■地方自治のNPO化

 昨年の暮れ、電子自治体・電子政府のあり方について、一泊の研修会を開いた、という。全国から24人が集まり、侃々諤々の議論が繰り広げられた。

 「そりゃ面白かった。なんせ、ただいま現在、地域の抵抗勢力とたたかいながら、国のトップダウン施策と別の観点から独自のIT化を模索している連中の集まりやから。本来は、こういう連中を下支えして、もっとやれ、と励ますのが国の仕事だが、総務省がやらんから、経産省がやったまでのこっちゃ」

 実際は知らないが、おおよその内容は想像できる。IT化の前に組織の改革という、ごく当然の理屈が、現実には通じない。

 いまから4年前、情報政策・ネットワーク政策・電子政府担当参事官補だったころ、前田氏は次のように電子化を予測していた。

 「組織のあり方、つまり組織改編にまで手をつけずにIT投資をしてしまうと、予算は上限なく膨らみ、またそれを生かしきれずに最悪の結果になってしまう。ITの政策を構造改革なくして推し進めれば、予算は膨らむだけで効果は減衰していくというジレンマに陥る」

 この5年間に国と地方公共団体が投じた電子化予算は総額約10兆円。にもかかわらず05年度のオンライン申請システムの利用率は、施設予約などを含め11%、認証が必要な手続きに限ると3%未満。全国に公務員が400万人もいるのに、IC内蔵の住基カードの普及枚数は70万枚、LG-WANを流れているのはテキストベースのメールだけ、という実情を見通していたといっていい。

 「固定された場所にしがみつく人たちが、継続的に存在そのものを目的化している。そのような現場では、やる気のある人が頑張れば頑張るほど、そのやる気が削がれていく。頑張る人たちに過剰な負担をさせない社会を実現するには、既存の組織を因数分解し、もういちど、ゼロベースから最適な解を組み立てていく。地方公共団体の機能の多くは、NPOに切り替えて構わない。機会と利益の再配分を行い、頑張った人間が報われるようにしなければならない」

■東京にあるのはガラス片

 「Swimy」というインターネット・コミュニティがある。日本サンマイクロシステムで専務だった山田博英氏(現・アールワークス顧問)が座長役を務め、参加するには知り合いの紹介が必要だ。「SNSが流行る前から、ずっとこの方式だった。メーリングリストの一斉同報で何を書き込んでもいい。ただし自己責任」と山田氏はいう。

 前田氏と親しく言葉を交わすようになったのは、このコミュニティが東京都内で開いたオフ会(意見交換会)がきっかけだった。出席者にはIT関係者ばかりでなく、大学教授、文化人、政治家、中央省庁の官僚など多彩な顔ぶれが並ぶ。そこにゲストスピーカーとして招かれた前田氏は、いきなりこう切り出した。

 「東京に本社を置く大企業には、壊れてバラバラになったガラスのかけらが散らばっている。これに対して、地方には、小さいけれど原石が転がっている。これを磨き上げなければ、日本の将来はない」

 大企業の本社機構には、著名な大学を卒業し、経営学や組織学に精通したスタッフが経営、企画、管理を掌握する。なるほど事業計画は理路整然と記述され、パワーポイントで作ったプレゼンテーション資料は分かりやすい。中央省庁の政策もこれに似ている。

 例えば、今回の不二家事件。

 ISOの品質保証規格に準じて本社がどんなに厳格な品質マニュアルを整備しても、利益優先の原価圧縮策から、現場全体が自主的に品質基準を緩和してしまう。それは現場のせいではなく、本社の管理機構とモノづくりの現場がかい離しているためだ。

 同じことが市町村のIT化、電子自治体構築のプロセスにひずみを生んでいる。ITが創出する空間と実世界は、しばしば「バーチャルとリアル」に例えられる。しかし「ITも“モノづくり”の一つ」と認識すれば、ITと実世界は一体で動く。頑張っている人を抑え込むのでなく、サポートすることが、脱レガシー/電子自治体の体制というわけだ。
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