脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む
<脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む>【第3部】連載第5回 中央の頭でっかちに反発する市町村
2007/01/29 16:04
週刊BCN 2007年01月29日vol.1172掲載
背景に中央官僚の硬直化
強まる国の管理と介入
脱レガシーと電子自治体にかかわる施策には、中央と地方の亀裂がくっきりと見て取れる。内閣府や総務省が打ち出す指針はおしなべて紋切り型で、理論的だが現実に即していない。2001年以後に政府が推進したIT化施策は、地方分権から中央集権を志向しているようにみえる。一方、地方公共団体やITベンダーは、表立っては国の指針に異論を唱えず、「助成金など、利用できるところだけを上手に利用すればいい」と冷ややかだ。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)■端緒は介護保険制度
「電子自治体の目的は、管理行政からサービス行政への転換だったはず。ところが国と地方の関係で見ると、国による管理、介入の色合いがますます強まっている」
ある地方自治体の情報化担当職員はこう指摘する。
税収配分にかかわる三位一体改革、義務教育への国の関与、“平成の大合併”、そして電子自治体システム。いずれも“ニンジン”(地方交付金の増減、合併特例起債など)を餌に、国が強力に主導したように、国民にはみえる。
こうした動きが表面化したきっかけは、介護保険制度の発足だったといわれる。国の制度に格上げした結果、地域特性による差異が排除された。それなら全国の市町村が一律に利用できる共通システムを国が用意すればよかった。だがシステムの構築は市町村に委ねられた。このため同じ制度でありながら、市町村ごとにアプリケーションが採用され、隣接する市町村の間ですら互換性がない制度が出来上がった。
加えて、独自に先進的な介護制度を実施していた自治体は後退を余儀なくされ、平成の大合併に伴う歳出カットでさらにサービスの劣化が生じている。制度化する政策理論と、現場の具体策が噛み合っていなかったために起こった「手順前後」の歪みは、今日もなお拡大している。
情報システムに例外を設けると、効果が半減するのはITの常識といっていい。在庫管理をコンピュータ化するなら、すべての商品をコード化することが前提となる。
ところが、LG-WAN、住基ネット、公的個人認証など、e-Japan重点政策で実現した電子政府のシステムは、地方公共団体に強制力を持たない。地方分権の建前があるからだ。
このような歪みを発生させる要因として、「中央官庁が理論先行の独善に陥っているため」という指摘がある。個々の官僚の資質ではなく、組織全体、あるいは官僚機構そのものが硬直化している、ということにほかならない。例えば諮問委員会や調査研究委員会がそれだ。
■結論ありきの委員会
地方公共団体の“脱レガシー”と電子自治体システムの構築が脚光を集めていた03年、「オープンソースソフトウェア(OSS)の利活用に関する調査研究委員会」が、総務省の外郭団体に設置された。大学教授を座長に、委員として総務省地域情報政策室の課長補佐と都道府県の情報システム担当主管、弁護士など計9人が名を連ねた。
第1回目の委員会の冒頭、形式上の互選で座長に推挙された大学教授は、あろうことか、「わたしはオープンソースというものがよく分かっていないので、委員の皆さま、よろしくお願いします」と挨拶し、シンクタンクの担当者は「Windowsもオープンシステムの一つ」と言い放つありさまだった。
知的財産権の専門家と紹介された弁護士は、サブマリン特許について質問されると「ソフトウェアの権利問題については専門でないので」と逃げを打ち、産業立地論が専門という大学助教授は統計データを持ち出して「OSSが地方公共団体に普及すれば、地域のIT産業が育つ」と、あまりに非現実的な持論を開陳した。
都道府県の情報システム担当主管は自分の役所、現在取り組んでいるプロジェクトのことしか関心がなく、長い沈黙のあと、やっと口を開けば「わたしどもの役所では……」ばかり。話が噛み合うはずもなく、これでどうやって地方公共団体におけるOSSの利活用方策を議論するのか。
しかし、総務省はそれでよしとしていた。総務省が考えていたのは、大手のシンクタンクに調査と報告書の原稿作成を委託し、委員会は内容を吟味することだった。あらかじめ「OSS=無料=情報システムのコスト削減」という結論があって、委員会はそれを認証する役回りに過ぎなかったのだ。
しかし、翌年5月に刊行された報告書は官僚の思い通りの内容ではなかった。委員の1人が、問題がありそうな部分をほとんどボランティアで書き直したのだ。
■唯我独尊のタコツボ
討議のなかで異論が出なかったわけではない。OSSが情報システムのコスト削減につながる、とする見解に対して、「OSSが無料で手に入っても、圧縮できるのはイニシャルコストでしかない」という意見もあった。従来の発注や積算評価の方法を改革しなければ、トータルコストは変わらない、という意見だ。
あるいは、レガシーシステムを再構築しオープン化すべきとする指針について、「技術的にはレガシーでも、何の問題もなく稼働しているシステムをあえて作り直す必要があるのか」「システムを再構築する費用は誰が負担するのか、それを住民が納得できるよう説明できるのか」という意見も出た。
市町村が開発したアプリケーションをオープンソース化すべき、とする総務省の意見に対して、「予算を市町村が出しても、知的財産権は開発を受託したIT企業に帰属することもある。自治体の独断ではオープンソース化できない」「オープンシステムとOSSが区別できていない現状で、アプリケーションのOSS化を論じるのは混乱を生む」という発言もあった。
こうした意見は、多数決の原理に基づいて議事録に記録されない。つまり委員会では異論はまったくなかったことになり、無謬の原則と全会一致の建前が貫かれる。そうしている間に、お役所の指示に従って「結論ありき」の報告書が着々と作られる。
「平成の大合併が電子自治体システムの構築にブレーキをかけた」という指摘に対して、総務省は「見解が違うので、そのことについて議論する考えはない」(地域情報政策室の元岡透室長)と拒否反応を示す。
昨年6月、総務省は「向こう5年内にオンライン申請利用率50%」の数値目標を設定したが、その具体策として提示したのは「広報マニュアル」だった──ということは、これまでにも書いた。
「それより先に、全国400万人の公務員が積極的にオンライン申請を利用するよう、促すべきではないか」という指摘に対して、「だから広報マニュアルなんです」が回答では、唯我独尊のタコツボにはまっているとしか思えない。
血税で構築する以上、自分たちの考えと違う意見にこそ丁寧に対応し、説明を重ねるのが、施策を担当する官僚の職責ではないか。
こうした中央官庁の硬直化に、地方自治体の現場で汗を流している職員の気持ちは離れていく。「葵のご紋の印籠」を高々と掲げて地域の自主性を抑え込み、管理下に組み入れようとする中央官僚と、「現場を知らない頭でっかち」と反発を強める市町村。これもまた電子自治体システム/脱レガシーの一面なのだ。
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