脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む
<脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む>【第3部】連載第4回 誰のためのIT化なのか
2007/01/22 16:04
週刊BCN 2007年01月22日vol.1171掲載
目立つ近視眼的な施策
社会的弱者をどう支えるか
IT業界に身を置くと、何でもかんでもITで解決しようとしてしまう。ITで解決できること、できないことの区別がつかなくなる。政策立案者も同様だ。「政策こそすべて」になりがちだ。わき目も振らず目の前だけ見る「遮眼帯現象」が、脱レガシー/電子自治体システムでも顕著に起こっている。亥年とあって「猪突猛進」の文字が躍る年賀状もあったが、じっくり腰を落ち着けて、周りの景色を見てからにしたほうがいいようだ。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)■魅力ある産業づくりとは
1月10日、都内のホテルで開かれた情報サービス産業協会(JISA)の賀詞交歓会。年頭の挨拶に立った棚橋達郎会長は「情報サービス産業は、かつてない追い風の中にある」との景況感を披露した。そして「社会インフラを担う売上高15兆円の基幹産業として、魅力ある産業づくりを」と訴えた。
例年、JISAの賀詞交歓会は隣に立つ人と肩が触れ合うほどゴッタ返す。目当ての人を探すのに人垣をかき分け、見つけても来場者の肩越しに目礼で済まさなければならない。「年始だけは」と、地方の会員企業が参加するためだ。それが会場に熱気を生む。ところが今回は様子が違った。
周りの空間に余裕があり、容易に動くことができる。目星をつけた協会のキーマンをつかまえやすいので、われわれのような“業界すずめ”には都合がいい。だが、乾杯が終わって小一時間もしないうち、ふと気がつくと会場にはやや閑散とした空気が漂っていた。これもまた、かつてないことではあるまいか。
もう一つ気になったのは、会長の挨拶だ。「社会インフラを担う基幹産業」という言葉はあったが、それは産業や経済を意味していて、国民の生活や社会全般という視点が抜け落ちているのではないか、ということだ。企業の情報システム構築が情報サービス産業のミッションというだけでは、少々視野が狭くはないか。
弱者救済とまではいわないが、「国民的視野に立って、生活を豊かにし、よりよい社会を実現する社会共通基盤の構築に業界一丸で取り組もう」というくらいのビジョンがほしかった。そのような高い視点からのビジョンなしで、どうして「魅力ある産業づくり」ができるのか。
地方公共団体が取り組んでいる電子自治体システムにも、同じことがいえる。e-Japan重点戦略が策定された01年以後に構築された多くの電子自治体システムは、行政事務の効率化による歳出抑制を目指したものだった。
市町村合併で歳費が切り詰められ、過疎地では小中学校の統廃合が進み、高齢者や一人親家庭、障害者、生活保護者といった社会的弱者をサポートする仕組みの簡素化(手抜き)が始まっている。「民間にできることは民間に」のかけ声はいいが、そもそも公共サービスは採算に合わないからこそ税金を充てたのではなかったか。民営化すれば社会的弱者はますます隅っこに追いやられる。
そこにITを活用して、地域社会を再生する道がある。奈良県の生駒小学校がNTT関西と共同で取り組んだ「子ども安心・安全ネットワーク」、滋賀県大津市が具体化した統合GISシステムへの市民参加と社会学習、山梨県都留市の地域協働ネットワーク、愛媛県内子町の農産物トレーサビリティを活用した地元農家支援システムなどは、その好例だ。
「何のためにシステムをつくるのかといえば、住民の生活を支え、より豊かにすること以外にない」
取材した複数の市町村で耳にした言葉だ。そのような自治体は、庁舎は古いまま、昼になれば消灯を心がけ、職員は市民に溶け込んでいる。生活者としての視点を失っていない。現場からの発想が基本になっているからこそ、可能なシステムだ。
■ITナシでもできること
福島県矢祭町。
合併しない宣言や住基ネットに不参加を表明して話題になったこの町は、IT化、電子自治体システムの観点では一度も「先進的」と評されたことがない。だが、住民の7割が「行政サービスに満足している」と回答している。
一例をあげると、この町には出張サービス制度がある。役場窓口を年中無休にし、職員の自宅を「出張窓口」にしたのだ。職員は土日でも、近隣住民の届出や申請を受け付ける。翌日、役場に出勤した職員が、厳重に封された封筒を受け取り、自宅で申請者に手渡す。パソコンもインターネットも要らない。ITナシでも住民サービスの質を上げることができる。
IT化が歳出抑制につながる、というステレオタイプの発想に対して、同町は18人いた議員を10人に減らし、町長、助役、収入役などの給与を総務課長並みに減額した。トイレの掃除は職員が全員で行い、現役を引退した元職員のOB会がボランティアでバックアップする。「もったいない」の精神で全国から古書の寄贈を受け、図書館の蔵書を充実させた。
こうした努力で年間の歳出を2億円以上圧縮し、並行して工業団地に企業を誘致して雇用を生み出した。国からの交付金が減っても自立できる方策を立てた。その余力で子育て支援金100万円(出産時50万円、2-11歳まで年5万円)を用意した。
町長は就任6期の長期だが、利権と結びついた不祥事はない。03年3月、当人が引退の意思を表明する議会の開催日、町長室に大勢の町民が押し寄せて慰留した。町長が「妻と(引退を)約束したから」と言うと、住民が奥さんを説得した。議会で町長が引退の意向を撤回すると、傍聴席で「バンザイ」の歓声が起こった――という話は、伝説になっている。
■自分の土俵づくり
「首長や議員、職員たちは、10年後、20年後、この町がどうあってほしい、こんな町にしたいというビジョン、グランドデザインを持ってほしい。電子自治体といいながら、内部処理系や行政事務管理系のリプレースにとどまっているケースが多いようにみえる。それは、トップダウン型の行革、歳出抑制という目先で動いているためではないか」
こう語るのは民主党の鈴木寛参院議員だ。旧通産省情報処理振興課の課長補佐から慶應義塾大学助教授に転身、さらに01年の参院選で当選した。現在は民主党「次の内閣」で文部科学大臣を務める。
「これからの情報化、IT活用は産業のためばかりでなく、個人の生活を視野に入れなければならない。医療、教育、福祉、この5年間に拡大した格差の是正、さらに国際化。情報サービス産業はその重要な一翼を担うはず」と続ける。
そのなかで、民主党は一人親家庭や男女共同参画を支援する施策を明示している。だがIT化施策の関係づけや位置づけはいまだに示せないでいる。教育基本法、防衛庁の省昇格、財政再建など、自民党が用意した土俵の上で相対しても、一般国民には西から出るか東から土俵に上がるかの違いにしかみえない。民主党が描くこの国の将来ビジョン、グランドデザインはどのようなものなのか。
鈴木氏をはじめとする若手議員は、一様に次の時代を担う政策を練っている。自民党にもITに精通している若手議員がいる。現在は自民党議員で構成され、一部から「活動の停滞」が指摘される情報産業振興議員連盟(会長は額賀福志郎衆院議員)は、発足当時、社会党や共産党にも参加を呼びかけた。いまこそ初心に帰って、超党派でこの国の長期ITビジョンを練り直すときではあるまいか。
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