脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む
<脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む>【第2部】連載第14回 自治体の枠越え情報を交換
2006/12/11 16:04
週刊BCN 2006年12月11日vol.1166掲載
議会不在に反省も
“旗振り役”と二人三脚で
これまでの脱レガシーと電子自治体システムの事例取材を通じて共通する成否のカギは、市町村職員の意欲と工夫だ。「住民の役に立つシステム」を常に念頭におく職員がいる自治体はユニークな取り組みをみせている。彼らは一様に「トップの理解があった」と口にするが、「議会」という言葉は出てこない。議会は、脱レガシーやIT活用に関心がないようにみえる。だが、若手議員を中心に新しい動きが始まっている。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)■“旗振り役”に求められる信頼感
某日、自由民主党衆議院議員・萩原誠司氏と交わした立ち話は以下のようなものだった。
「電子自治体システムで先進的と評価される市町村に共通する点がある。首長に理解があり、実行に移す“旗振り役”がいること」
萩原氏は国会議員に当選する直前まで、岡山市の市長として市民カードと連携した住民サービス・システムを構築し、さらに市民参加型の電子町内会を立ち上げた。もとをただせば通産省(現・経済産業省)の情報処理振興課で課長補佐を務めていた。それだけに、ITには精通している。
「システムをつくることが目的化しているという指摘がある。住民の直接選挙で選ばれた首長が住民本位のサービス・システムに取り組む姿勢を示せば、現場は動きやすくなる」
そして“旗振り役”の条件は、「声が大きい」とか「ITに詳しい」というだけではない、という。必ずしも情報システムの専門家である必要はなく、行政マンとしての長年の実績が周囲から認められ、「あの人なら」という信頼を得ている人物で、かつ中長期のビジョンを描ける人だ。
■こんなシステムをつくりたい!
八千代市・浦安市(千葉県)、長井市(山形県)、三芳町(埼玉県)、掛川市(静岡県)、内子町(愛媛県)などは成功したケースだ。例えば内子町は「地元の農家を何とか支援したい」という思いから、町立の産直品販売センターと農家を結ぶ情報ネットワークを構築した。
当初は手元にあった旧式の家庭用FAXを使って、産直販売センターの品揃え状況を農家に伝える簡単な仕組みだった。それが発展して、畑で作業をしている時にも農家の人が携帯電話でセンターの売れ行きを調べることができるジャスト・イン・タイムの物流システムとなり、地元農産物のトレーサビリティ・システムとなっている。収入が10年前の倍以上になったという農家が数多くある。
「都会に出て行った跡継ぎ世代が、町に戻ってくる。サラリーマンよりも農業のほうが儲かるし面白い、と考えてくれるようになった」と内子町情報相談係兼フレッシュパーク特産開発部長(取材当時)の山本真二氏は自慢する。
「ITのことは、さっぱり分からないし、最初に使ったのはあり合わせの機器だった。ただ、こういうシステムをつくりたいと真剣に考えた」
同氏は「ただの農業振興係の職員」と控えめだが、ITの観点からすればある意味でCIOの役割を果たしている。何をしたいか、が実は大切なのだ。「住民のためになることなら、ドンドンやれ、と町長が言ってくれた」とも振り返る。
■首長の理解と主導性が不可欠
福岡県の筑穂町が図書館のIT化に取り組んだのは、町長が「将来に残す町の財産は人材。人材を育てるのは文化」と提唱したからだった。
外の光を採り込む大きなガラス窓、いつでも誰でもがちょっと立ち寄れる雰囲気をもつ開放的な設計、その中にICタグを利用した図書管理システムが採用されている。乳幼児の遊び場からガラス越しに小中学生用の学習室が見える。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんが勉強している姿を見せる。それが社会教育につながる」と町の職員は語り、地元の人は「地域のコミュニティセンターができた」と喜んでいる。目的はICタグ式の図書管理システムでなく、気軽に本を借りることができる仕組みづくりだった。
本紙11月27日号の電子投票システムに登場した福島県の大玉村は、数年前、郡山市や二本松市から合併を持ちかけられたことがある。ところが村役場が説明会を開いたことはない。「村の職員が合併という言葉を口にすれば、住民に是非を問うことになる」と村長が考え、その考えに職員が同意したからだ。代りに採用したのが「大玉村は周りの市町村と違う」ことを示す電子投票システムだった。
同じ福島県の矢祭町も、首長と職員が一丸となって改革に取り組んでいることで知られる。管理職職員の自宅を“出張所”として、そこで住民票の申請を受け付ける。千葉県の市川市は、市内のコンビニエンスストアで住民票を受け渡す。同市のCIOに就任した井堀幹夫氏は「厳密に法令通りだと難しかった」という。法律の壁を市条例で突破したのだ。
「当時の課長の決断と励ましが問題解決の原動力だった」と八千代市の皆見隆明氏は振り返る。八千代市はコンビニエンスストアで国民年金保険料の支払いができるシステムをつくったが、税務部門の抵抗があって住民税に広げることができなかった。ところが、年金保険料の徴収率がアップしたのをみて、市長が職員に「なんで他にも適用しないのか」と問いかけた。コンビニ収納システムを担当した皆見氏は、その後、納税課に移って陣頭指揮に当たっている。
長井市が日本IBMと情報システムのアウトソーシング契約に踏み切ったのは、「いまのままなら、市役所なんて要らない」と訴えたはみ出し職員の意見に市長が耳を傾けたからだ。電子自治体システムの共通基盤を構築し、それをオープンソース化した福岡市、脱メインフレームとオープン化を推進した長崎県や佐賀市も、行政トップの包容力がリーダーシップに結びついた。
■ITが分かる議員が少ない
ところが、こうした先進的な市町村の取材でも「議会」という言葉をあまり聞いたことがない。「ITのことは専門家にお任せ」で、予算は形ばかりの審議で通ることが少なくない。
「うちの市でも似たり寄ったり」というのは相模原市議の阿部善博氏だ。3年前まで日本IBMでシステムコンサルタントを務め、33歳で市議に転身した。自身のホームページでITの重要性を訴え、ブログでコールセンターやメールマガジンを紹介している。「必要なシステムか、市民の利便性が改善されるかという観点から審議したい。“旗振り役”の職員と二人三脚でIT化のあるべき方向を探りたいのだが、仲間がいない」。
市町村の議員には、地域の産業、教育、医療、安全、生活など広範な課題への取り組みが求められる。職員と比べ、議員が電子自治体システムや脱レガシーのあり方を学ぶ機会が少ないという課題もある。しかも議会は数の理論で動く。脱レガシーやオープン化の是非は歳出を削減できるかどうか、市民に形で示せるかどうかで判断される。ITの専門知識は票に結びつかず、どうしても散漫になってしまう。 「いいアイデアがあれば、議員がどんどん提案していける環境が必要ではないか」と、同議員は他市の若手市議に呼びかけ、やっと150人のコミュニティができた。当面は自治体の枠を越えた情報交換からスタートする予定だ。「インターネットがその突破口になる」──若手議員の新しい取り組みが動きつつある。
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