脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む

<脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む>【第2部】連載第13回 電子申請の普及を阻むものとは

2006/12/04 16:04

週刊BCN 2006年12月04日vol.1165掲載

数値目標よりも職員の意識改革

旧来の手法で解決することも

 電子自治体システムは普及段階に入ったというのが総務省の認識だ。このため同省は今年6月、市町村向けに広報マニュアルを策定し、「向こう5年内にオンライン申請利用率50%」を目標に掲げた。またしても数値目標だが、「結果はもう分かっている。笛吹けど踊らず、だ」という冷ややかな声が聞こえてくる。IT推進部門がいくら「住民のため」と考えても、その可否を握るのは住民と接する市町村職員の意識なのだ。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)

■広報すべき相手が違う?

photo 総務省が策定した広報マニュアルでは、次のような区分と対応策が示されている。まず、オンライン申請システムの存在を知らない「潜在段階」に対しては、広報誌や新聞広告などで知らせるマス型広報が有効という。利用のメリットを理解していない「認知段階」では、体験イベントや利用事例の紹介などを行い、感情的な抵抗感がある「感情段階」では個別説明や問い合わせへのきめ細かな対応といったターゲット広報が有効としている。

 電子申請システムの利用拡大に努力すべきは、システムを構築した当の地方公共団体で、国が手取り足取り指導するのは「地方分権」の建前からみていかがなものか──という見方は、この場合、あまり意味がない。

 e-Japan構想のなか、国の大号令で構築されたシステムである以上、国として利用拡大に向けた取り組みを示すのは当然といっていい。ただ、まず広報すべき相手は住民ではなさそうだ。市町村職員に対する周知徹底が優先ではないか。

 今年8月の電子自治体ITセミナーでコーディネータを務めた新免國夫氏(元岡山県IT推進責任者、地方自治情報センターITアドバイザー)は、「総務省のマニュアルはあくまでも目安という感じでとらえたほうがいい」とする。それぞれの地域の事情があり、考え方がある。広報にかかわる人材の素養によっても対処方法は違ってくる。いずれにせよ、最終的に住民にメリットが理解されなければ、利用は増えない。

 同じセミナーに出席した藤沢市IT推進課の宮寺通寿氏は、市町村職員の認識を変えることの重要性を指摘する。「市町村の職員の頭に、ハンコがこびりついている。まずそこから改めていかなければならない」と。

 実印、認印はただ本人の意思を確認する道具に過ぎない。役所に提出される書類に押されるハンコは、大半が認印。それが電子認証になれば、同時に本人確認までできるのだから、メリットは大きい。「そのメリットを、まず職員が理解しなければ、電子申請は進まない」。

 そこで藤沢市は神奈川県下の市町村と研究会を発足させ、「職員の意識改革を促す方策」を協議した。その結果が認印は意思確認、実印は本人確認、電子認証こそ両方の機能を備えている、という論法だった。

 ハンコの代わりになるのが住民基本台帳カードだ。プラスチックカードに埋め込まれているICにさまざまな情報を記録することができる。住所、氏名、生年月日、性別の基本4情報と、カードに添付された顔写真で、本人確認が可能だ。これだけで住民票の代わりになるばかりか、登録した印影を記録すれば印鑑証明にもなる。

 ところが今年8月現在、住基カードの普及枚数は全国で30万枚に過ぎない。普及率は0.3%だ。「多くの市町村が1990年代に磁気ストライプ型またはエンボスのみの市民カードを発行している。これを住基カードに切り替える理由がない」という声がある。「住基カードに切り替える理由」とは、IC型でなければ提供できないサービスがあるという意味だ。

 そこで東京・荒川区は区営の遊園地で利用できる電子マネーの機能を追加した。また複数の市町村が公共施設利用料金を決済できるクレジット機能の追加を検討し、宮崎市は電子投票における有権者の本人確認に使用することを計画している。市町村のIT推進担当部門はそれなりに努力しているが、現場の意識が追いついていない。

■土・日開庁で解決する

 こんな例がある。

 市の出張所に住基カードをつくりに行ったところ、職員から「運転免許証はお持ちですか」と尋ねられた。カードをつくるために本人確認が必要なのは当然なので、「持っていますよ」と答えると、職員の返事は「それならつくる必要はないでしょう」だった。続けて職員は、「住基カードはお年寄りの身分証明書という程度しか使い道がありません。500円がもったいないじゃないですか」と、さも親切気に説明したという。これでは住基カードが普及するはずがない。

 「その運転免許証でも、こんな例がある」と語るのは、鎌倉市に住む評論家・中尾英二氏だ。

 5年間無事故無違反の優良ドライバーだと、最寄りの警察署で運転免許の更新ができる。仕事が休みだった土曜日に受け取りに行くと、警察職員がいるのに「今日は土曜日だから交付できない」という。住民からすると、「免許証には本籍も住所も顔写真も入っているのだから、警察職員が確認して渡してくれればいいのに」と言いたいところだ。

 後日、やむを得ず平日に休みを取って受け取りに行った。すると窓口の職員が「ハンコはありますか?」と尋ねた。受取証に受領印が必要というような注意書きは一言もないし、受け取りに行ったのが本人かどうかは免許証の写真で確認できるではないか。窓口で押し問答の末、更新した運転免許証が交付されたが、電子化以前の問題が横たわっている。

 「就労者の4割は需要が多い土・日に働いている。公務員を民間並みに扱うのなら、役所が土曜、日曜に休むのは理屈が成り立たない」

 手続き申請はパソコンとインターネットでできても、書類の交付を受けるために役所に出向かざるを得ない。それは国が発行するパスポートでも同様だ。民間人はそのために平日に休みを取らなければならない。土曜、日曜に窓口を開けてくれるだけで、電子申請システムも要らないし、問題は解決する。

■確定申告には使えない

 三つめの例は、「給与明細」「給与所得の源泉徴収票」の電子化だ。来年の1月から、企業と従業員が合意することを条件に、従業員に支払う毎月の給与明細書と、年末調整に際して発行する給与所得の源泉徴収票を電子データで済ますことができるようになる。プリントアウトの手間を省き、郵送料を削減できるなど、企業にとってメリットは少なくない。

 ところが、電子化された源泉徴収票は確定申告に使えず、これまで通り紙ベースでなければならない。第三者を経由した電子文書では、発行者の確認が取れないためだ。となると、申告の対象者は国税庁が利用を促す電子申告・納税システム「e-Tax」を利用できない。給与が年間2000万円超の人、2か所以上から給与・報酬を得ている人は、電子化の恩恵を受けることがないというわけだ。

 以上の例は、「紙ベースの管理行政から電子ベースのサービス行政への移行期の不都合」といえなくもない。そしてそれが市町村職員の認識、意識に起因しているとすれば、「脱レガシー」は情報システムだけの課題ではないといえそうだ。
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