脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む
<脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む>【第2部】連載第11回 「過疎地」でのケーススタディ(2)都市近郊にITのエアポケットが
2006/11/20 16:04
週刊BCN 2006年11月20日vol.1163掲載
数値目標がミスリードに
ブロードバンド普及率の現実は
前回取り上げた新潟県阿賀町は、山奥の過疎地の事例。ところが県庁所在都市の近隣であっても、ブロードバンドが使えない町村が少なくない。通信事業が民営化されて以来、採算に合わないと判断された地域は取り残されたままなのだ。電子化で行政を効率化せよ、との大号令と「ブロードバンド大国」の数値目標が、時として省庁の施策推進をミスリードしてはいないだろうか。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)■電子自治体なんて要らない
富山県舟橋村。
富山市から富山地方鉄道で約15分の「日本でいちばん小さな村」は、無線ブロードバンドが2005年4月からやっと使えるようになった。県庁所在都市の郊外なら、光ケーブルでもCATVでも簡単に引けるではないか、なぜ無線なのか、というのは都市の理論だ。
例えば首都圏であれば、「気がついたらブロードバンドだった」ということが珍しくない。仮にADSLでも交換局から半径5km内に事業所や民家が集中し、需要(トランザクション)に応じて交換局が設置されている。このため不便さを感じることはほとんどない。
県庁所在地で人口が集中する富山市は事業所も多く、NTTはいわれるまでもなく光ファイバーを敷設し、IP電話網を整備した。ところが富山市の中心部から車で10分も走ると、周囲は田園の趣を強くする。通信需要の密度が急速に減衰するために、通信インフラはピンポイントにならざるを得ない。
ここで取り上げた舟橋村はJR富山駅から15分とはいえ、常願寺川を渡ると車窓の外にはのどかな田園風景が広がる。しかも村域は東西1.5km、南北1.8km、総面積は3.47平方kmで、駅舎を兼ねた村営図書館の屋上に立てば村の隅々まで見渡すことができる。役所に用事があれば、村のどこからでも歩いて15分、車ならエンジンをかける時間を含めて5分。
「村のどこで何が起こっているのか、職員が出向いて見聞きしたほうが早い。莫大な予算を使って電子自治体システムを構築するまでもない」と総務課長の古越邦男氏は笑う。ただしブロードバンド・ネットワークだけは、事業者の観点では投資に見合う収益が期待できなかった。舟橋村はまさにエアポケットだった。
そんな村にNTTが敷設に踏み切ったのは、「無線ブロードバンドシステムの実用化事例を作りたい」というNTT側の事情によっている。
■自前で光ネットワーク
栃木県芳賀町。
宇都宮市に隣接する総面積70.23平方km、人口1万7000人のこの町では、今年に入って自前のブロードバンド回線が敷設され始めた。計画によると、町内の電柱の上に敷設される光ファイバーの総延長は42km。役場や公民館、学校など公共施設を結び、来年度以後、そこからの支線を家庭に延長する。総予算2億1000万円は町の起債と総務省の助成金でまかなわれる。
関東平野の豊かな土壌に恵まれた農村で、人口は減りもせず増えもしない。ビルといえば4階建ての役場ぐらいだが、「過疎」という言葉は適用できない。鉄道が走っていないため、交通機関といえばバスが唯一の手段だが、自家用車の普及で乗降客が激減した。朝、昼、晩の1日3便だけ、通学用にJR宇都宮駅を結ぶ定期バスが走る。
「どうせ投資するのなら宇都宮市に、と通信事業者は考える。域内の標高差がほとんどなく、テレビの難視聴地域でなかったためにCATVも敷設されなかった。その結果、この町はブロードバンドから取り残されてしまった」
大塚商会のシステムエンジニアから芳賀町職員に転身し、情報システムの全面リプレースにも取り組んだ小島宏美氏(情報広報係長)はこのように嘆く。民間企業の論理を熟知していればこその言葉だ。
ホンダの工場が進出し、町営施設の工事中に温泉が湧いた。これでブロードバンド環境を整備し、交通の便を良くすれば、宇都宮市ばかりか首都圏からの人口流入も期待できるのだが…。
■第三セクターのCATV活用
長野県安曇野市。
松本市に隣接する3町2村(豊科町、穂高町、三郷村、堀金村、明科町)が04年4月に合併して誕生した。合併と同時に3町2村、住民約10万人にかかわる行政情報を共有するため、サーバーを統合し、長野市に本社を置く電算が開発したWeb型の統合行政情報システムを導入した。行政事務の電子化は完了したが、肝心のネットワークが課題だった。
安曇野市は、富山県の南砺市にならって本庁を置かず、旧2町2村の庁舎に行政機能を分散配置する方式を採用した。合併によって市域は東西26km、南北21km、総面積331.8平方kmに広がり、そこを市長が巡回する。合併地域ネットワークが決め手のはずだったが、ブロードバンド回線が敷設されていなかった。しかし、幸いなことに安曇野市には第三セクターのCATV会社があった。
「ここに専用のルータを置き、スター型の統合行政ネットワークを構築した。IPを採用したブロードバンドですが、クローズドネットワークなので、外部からの不正アクセスやコンピュータウイルスの侵入、ネットワークを通じた内部からの情報漏えいもあり得ません」と情報政策課の蓮井昭夫氏は言う。
■自動車道から回線引く
新潟県新糸魚川市。
04年4月に糸魚川市が隣接する青海町と合併して「新糸魚川市」となって初めて、ブロードバンドがやってきた。青海町が交渉し、「国道の管理と行政用途に限って」の条件で利用を許可された北陸自動車道の光ファイバーを継承したのだ。高速道路の高架から道の駅に回線を引き込み、そこから公共施設にネットワークを張った。
このネットワークによって、監視カメラがとらえた国道の交通状況や河川の水位状況をインターネットで映し出す。さらに段階的に市民に開放した結果、公共施設の利用予約、図書館の蔵書検索、子育てや医療相談など市民活動が広がった。子どもたちは公民館や図書館に設置したキヨスク端末から、自由にWebサイトを閲覧できる。
JR宇都宮駅から車で30分強の芳賀町は、いまだにブロードバンドが使えない。松本市に隣接する安曇野市も、市民がブロードバンドを利用するにはCATVという選択肢しかない。政府は電子自治体を提唱するが、通信インフラは民間任せ。自力で解決できない自治体はどうすればいいのか。
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