脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む
<脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む>【第2部】連載第10回 「過疎地」でのケーススタディ(1)平均年齢56歳の町が求めるIT
2006/11/13 16:04
週刊BCN 2006年11月13日vol.1162掲載
役場が出向くサービスは不可能か
電子自治体まで手が回らない
新潟県阿賀町。2004年4月、日本三大河川に数えられる阿賀野川中流域の東蒲原郡に属する2町2村が合併した。合併によって人口は1万5000人となったが、町域面積も952・88平方kmに拡大、同町のホームページによると「町の中心部には磐越自動車道を下りて30分、国道49号線から60分」とある。過疎地における電子化のケーススタディとして、同町の対応を探ってみる。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)■役場が最大の雇用先
952.88平方kmと言っても、実感としてつかみにくい。例えば東京・山手線内の面積が63平方km、淡路島が592平方km、琵琶湖が670平方kmといえば、その広大さが分かるのではあるまいか。飯豊山峰に連なる福島県と新潟県の県境は、奥が深く、雪が厳しい。阿賀野川とその支流に沿ったわずかな平地に、5300戸・1万5000人がへばりつくように暮らしている。
江戸時代は会津街道の宿場町と輸送の中継地として栄えたものの、戦後しばらく地元経済を潤した林業は衰退の一途をたどる。ピーク時に従業員3000人を数えた化学工場が公害問題をきっかけに撤退したのを機に、一気に過疎化が進んだ。もともと狭い農地から収穫される米と野菜は大半が地元で消費されている。木の芽どきから紅葉の季節は釣りとハイキングに近隣客が押し寄せるが、多くは日帰りで地元に現金を落とすことがない。
昨年実施された国勢調査によると、この町の平均年齢は55.7歳、4人に1人が65歳以上の高齢者だ。少子化で就学年齢の児童は全人口の1割に満たない。以前なら全学年合せて数人の分校という手段があったが、教職員を確保する予算がない。町村合併に併せて小・中学校が統廃合されたため、町が手配したスクールバスで片道1時間以上もかけて山奥から通う子どもが少なくない。
取り立てて大きな産業はないうえ、「道路が整備されたおかげで、若い者がどんどん町を離れていく」と地元に残る人々は嘆く。最大の雇用は町役場なのだ。04年4月に誕生した新しい町は、町議会の議員数こそ削減したものの、旧2町2村の職員をそのまま引き継いだ。このため住民10人に1人が公務員という「頭でっかち」になってしまった。
支所(旧町村の役場)間の往来が行政事務の運営経費を押し上げ、合併から2年目の今年になって、旧2町2村がおのおの設立していた第三セクターの事業会社や公共施設の整理統合に着手した。「電子自治体システムまで手が回らない」というのが実態で、今年度に策定した中長期計画に「電子入札システム」という言葉が初めて使われた。もっともその計画を打ち上げた直後に水道工事の入札にかかわる贈収賄が発覚、町長が突如辞任して町政は混乱に陥ってしまった。
町役場が予算を確保し、それを第三セクターが引き受けて地元事業者に仕事を流す。過疎化が顕著になった70年代以後、その構図が根深く浸透している。防水ダム、河川改修、道路、雪崩防止柵といった公共の土木工事予算が縮小されたうえ、ここで電子的な手段で公開調達に移行すれば、地域外からの参入によって地元経済が崩壊してしまう。贈収賄が起こったのは、このような下地があったからかもしれない。
■携帯電話もつながらない
「福島県境の山奥は、つい最近まで携帯電話がつながらなかった。そこに27世帯の集落がある。車で町役場まで行くのに、信号が一つもない山道を1時間半以上かかる。しかも住民は65歳以上のお年寄りばかり。電子申請システムが有用とは、とうてい思えない」。毎週、決まった曜日に生鮮食品や日用雑貨を積んだトラックが集落の広場にやってくる。町中のスーパーで買うより多少割高だが、移動の手段がないお年寄りの日常生活に欠かせない。「コンピュータなんか関係ない。これと同じことを役場がやってくれたらいいのに」が住民の本音だ。
実際、インターネットは昔ながらのナローバンドで、ADSLは使いものにならない。というのはNTTの電話局が10km以上離れているためだ。住民へのパソコン講習が政府のかけ声でスタートしたとき、公民館の教室にパソコンを並べたものの、通信回線が入っていなかった、という笑えない話がある。
「地元にソフトウェアやインターネットの業者がいない。携帯電話を契約するのも、パソコンを買うのも高速道路で新潟市か会津若松市に出る」と青年団副団長は語る。青年団といっても数年前に年齢の上限を引き上げたため、そう語る当人はすでに40歳を超えている。「この町だからこそ、私らのような者がまだ“青年”でいられる」と苦笑する。
■福祉介護の実務も構想
新潟市に本社を置くBSNアイネット。新潟県内の情報サービス会社では年間売上高160億円超の最大手で、東京をはじめ、長野では電算(長野市)、富山ではインテック(富山市)、群馬県ではジーシーシー(前橋市)と電子自治体システムの受注で競う。
この会社が数年前、内々に「県内の過疎地に向けた新事業」の構想を練ったことがある。資本関係にある新潟放送、新潟日報と連携し、電力系通信網を利用してASP型の電子自治体サービスを展開しようというものだった。新潟、長岡、柏崎、新発田といった県内の主要都市には地元の情報サービス会社があるが、それ以外の市町村にはITをサポートするサードパーティがない。ASP型サービスで一気にシェアを獲得できる、とみたのは、決して見当外れではなかった。
ところがシステムを発注する側、つまり市町村にITの理解者がいない。人材の問題より、それどころではないところまで過疎と高齢化が進んでしまっていたのだ。目の前にあったのは、高齢者が高齢者をサポートする老々介護、高齢独居世帯の雪下ろしや農作物の作付け、田んぼの草取りと稲刈りの労力確保という課題だった。
「福祉介護や農業などの実務も引き受けないと、ITだけではどうにもならない」 現在までのところ、その構想は棚上げになっている。国は電子自治体を推進し、モデル指定方式の予算措置や周知徹底を図るマニュアルも整備している。ところが、その一方にこのような地域があり、都市と地方の格差は広がっている。過疎地域にふさわしいITの活用方法があるのかないのか、それを探るのに住民、民間企業の力だけではどうにもならない。
情報サービス会社が県や市町村とどのように協働できるか──過疎+少子高齢化という現実の前に、地域が立ちすくんでいる。
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