脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む
<脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む>【第2部】連載第2回 地域情報産業の育成はいまだ不発
2006/09/11 20:37
週刊BCN 2006年09月11日vol.1153掲載
「OSSは無償」の考えが問題
脱レガシーの根源は
民間企業が将来にわたって発展していくには、優れた人材が欠かせない。同じように、市町村でも人材が求められている。ことに電子自治体システムの構築、脱レガシー/オープン化への対応は、国に依存しない自立した地域行政の基盤を再構築する、という意味を持っている。「それがトップダウン型で進められていいのだろうか」と疑問を投げかけているのは、岡山県の情報化顧問・新免國夫氏だ。同氏にインタビューした。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)■言葉だけが独り歩き
JR岡山駅から車で約10分。片側4車線の街路樹越しに、岡山県総合グラウンドが姿を現わす。巨大な陸上競技場「ももたろうスタジアム」に隣接する体育館では、女子バレーボール ワールドグランプリ2006の熱戦が繰り広げられた。前号に登場した岡山県の情報化顧問でもある地方自治情報センターITアドバイザーの新免國夫氏は、現在はここの館長を務めている。
「この夏はプールの排水口の改修やテニスコートの改造があった。館長として県の会議にも出にゃならん。その合間に電子自治体にかかわる講演やセミナーをこなすので、休んでいる暇はほとんどなかった」
インタビューの日も、東京・羽田から朝一番の飛行機で岡山空港に降り立ち、自宅に立ち寄らずにそのまま出勤という具合。毎週のように出張が入る多忙な日が続く。
過日、岐阜市で開かれた電子自治体ITセミナーで、国(総務省)の電子自治体推進策に辛口批評の一端を開陳したのは、「国がこう言っているから、という受け売り的な電子化、情報化ではなく、各地の実情に合わせた推進策が重要」と考えているからだ。
山積する難題を乗り越えて岡山県情報ハイウェーを構築した実績が裏打ちとなっている。
この連載のテーマである「脱レガシー」について、同氏は次のように指摘する。
「国が“脱レガシー”を掲げたのは、決してメインフレームやオフコンのアーキテクチャを否定するためではなかった。否定も肯定もしていない。というより、分かっていなかった、というのが正しい」
その証拠に、e-Japan構想が発表された2001年の時点では“脱レガシー”という言葉は一度も使われていない。
「脱レガシー=オープンシステムへの移行」が政策的な課題として掲げられるようになったのは、自由民主党のe-Japan政策強化委員会が中央省庁所管の大規模システム(例えば社会保険システム)を槍玉にあげてから以後だ。それまではむしろ、行政手続きへのインターネット利用が主眼で、税務や行政事務にかかわる基幹系システムは別枠として扱われていた。
新免氏は、総務省が今後の理念として、全国の市町村に「オープン化」の方向を示したことの意味は認めつつ、「言葉だけが独り歩きし、手段が目的化している」と批判する。苦笑しながら口にしたのは、「マイクロソフトのOSもオープンシステム、という人がいるくらいですから」の一言だった。
「結局、“脱レガシー”は何がねらいだったかというと、公共機関のシステム調達や契約の透明性なんです。それがメインフレームだろうがオフコンだろうがIAサーバーだろうが、なぜこのハードウェアにしたのか、なぜ開発や運用を外部に発注したのか、なぜこの業者を選定したのか。それを適正に評価し、住民に説明できますか?という問題」
それがなぜ「レガシー=×、オープン=○」に変質したのか。
■政策的な理由づけが先行
新免氏は言う。
「メインフレームやオフコンは、特定のメーカー、特定のベンダーとの随意契約になりやすい。仕様が公開されていたり、デファクトスタンダード(事実上の標準)になっている技術なら、地元の情報サービス会社にも参入のチャンスを与えることができるという考え方に、政策を立案する人たちが飛びついた」
つまりアーキテクチャの限界や厳密なシステムコストを調査研究したわけではなかった。
政策として取り上げるプロセスで、“脱レガシー”の正当性を強調する必要が生じてきたのだ。それに加えて経済産業省と共同で推進することになったOSS(オープンソースソフトウェア)の適用拡大について、総務省は独自の“タマ”を持ちたかった。
その意味でも、電子自治体システムの推進が地元情報サービス産業の育成・振興につながるという理由づけは、それまでのレガシーシステムからオープン化への移行を強く推進する恰好の材料となった。
すると国の“脱レガシー”が、かなり恣意的なキャンペーンだったのではないか、と思えてくる。
「しかし、情報システムに長年にわたり関わってきた者の一人として、OSSの推奨策には疑問を感じている」と、新免氏は続ける。
氏は口に出さないが、国のOSS推奨策はソースコードが開示されている重要性を、正しく理解していないのではないか、という思いがあるようだ。
「OSSはライセンスフリーで無償という発想でいる限り、優れたソフトウェアがOSSになることはないだろうし、それでは人材が育たない」
■コストとサービスと人材
では、“脱レガシー”キャンペーンで掲げられたオープン化を推奨するもう一つの理由、すなわち「コスト削減」はどうだろうか。これに対しても、新免氏は手厳しい。
「現時点で真剣に検討しなければならないのは、オープン化に移行するコスト。それに見合うだけの対住民サービス向上が期待できるか、というと必ずしもYESとは言えない。現実的には、むしろ基幹系システムはこれまで通りメインフレームやオフコンで運営していたほうが、トータルコストは抑制できるかもしれない。コストとサービスのバランスを見合わせながら進めるべきでしょう」
なるほど、政策的な観点から、“脱レガシー”一番乗りを目指した佐賀市や青森市などが、その後の運用をめぐるトラブルに悩まされているのは周知の事実。また、民間からCIOを招いて“脱メインフレーム”に踏み込んだ長崎県も、現時点では地域情報サービス産業の育成・振興に結びついていない。
「ホームページやメール・システムを運用するシステムは、新たに作るのだからオープン化すべき、というなら分かります。そこにOSSをうまく当てはめればシステム構築は安くできる。地方行政の専門的な知識は要りませんから。ですが市町村の業務系システムは、人材がすべてといっていい」
さらにアウトソーシングやASPの利活用でも、新免氏は疑問を示している。
「共同センター型の情報システム利用は今に始まったことではない。コストの削減・抑制の代償として、技術を蓄積することができなかった」
IT分野では、人材に技術が依存する。ということは、自治体共同アウトソーシング構想は人材の育成を放棄するに等しい。電子自治体システムを契機に、全国の自治体は自立性を失うかもしれないのだ。
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