脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む

<脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む>【第2部】連載第1回 電子化がすべてを解決するわけではない

2006/09/04 16:04

週刊BCN 2006年09月04日vol.1152掲載

標準化と独自性のせめぎ合い

「電子化」と「自治」の矛盾

 IT新改革戦略が始動し、電子自治体プロジェクトは普及期に入る。政府が掲げる目標は「5年内に行政事務手続きのオンライン利用率50%の達成」だ。かけ声は勇ましいが、三位一体改革と少子高齢化のダブルパンチで財政難に直面している市町村からは「それどころの話じゃない」という悲鳴や、「霞ヶ関は市町村の現場を知らなさすぎる」という指摘が上がり始めた。電子自治体の概念と市町村の現場が乖離しているのだ。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)

■約8割が潜在的な利用希望者

 8月24日、快晴。

 この日、岐阜市の長良川国際会議場4階の中ホールには、中部地域の自治体関係者が集まっていた。電子申請システムの先進自治体の事例を通じて、政府が掲げる「オンライン申請50%への道」を探ろうというのだ。参加者からは「何を基準にした50%なのか」「電子化がすべてなのか」という疑問や、「国が推進しようとしているマニュアル化政策は実情に合わない」といった批判が相次いだ。普及段階に入って電子自治体システムの矛盾が吹き出している。

 会合を主催したのは地方自治情報センターと全国市町村情報主管課会議。議場前には「電子自治体ITセミナー」の文字が掲示され、午前10時前に会場はほぼ満席となっていた。参加したのは、岐阜県をはじめ、静岡、愛知、三重、滋賀、福井、石川など中部地域市町村のIT化推進担当者約100人だ。

 プログラムは午前の部が総務省地域情報政策室・元岡透室長による「IT新改革戦略とオンライン利用促進」、午後の部は札幌市と藤沢市による事例発表、岡山県情報化顧問・新免國夫氏がコーディネータを務めるパネルディスカッションと続く。e-Japan戦略で電子自治体のインフラ整備にほぼめどがついたので、IT新改革戦略ではいよいよ普及段階というわけだ。

 元岡氏が強調したのは「電子申請の利用を潜在的に希望しているのは住民の約8割に達する」という総務省の調査結果だった。だから、「向こう5年内に電子申請率を50%に高めることは決して無理ではない」と元岡氏は言う。参加した市町村のIT推進担当者を激励し、施策の強化を求めたかたちだが、異論・反論の前に、総務省の調査結果を見ておこう。

 総務省の調査によると、行政事務の届出や申請における2005年度のオンライン利用率は、統計上で11.3%だった。「オンライン利用促進のための行動計画」で定めた171の手続きに限定すると、利用率は12.4%に上昇する。行政事務手続きのオンライン利用についてアンケートを集計したところ、「利用したことがある」は11.7%で、統計の数値とほぼ一致した。そこで、アンケートで「利用したい」と回答した76.8%が、潜在的な利用希望者と見ていい──という。

 アンケートによると、オンライン利用の阻害要因の上位3件は、「利用する機会がない」が61.7%、「どのような手続きがオンラインでできるのか分からない」が29.9%、「セキュリティに不安を感じる」が16.8%だった。「つまり都道府県や市町村が市民への広報活動を工夫すれば、利用率は間違いなく高まる」と元岡氏は言う。

■人の肉声での対応が重要

 そこで総務省は、オンライン利用率を高めるため、庁内組織や広報活動をマニュアル化するというのだ。ところが、皮肉なことに、午後の部で紹介された札幌市、藤沢市の事例は全く逆の方向を示すことになった。

 札幌市の事例は、コールセンターによる市民向け電話応答サービスで、同市の市民まちづくり局情報化推進部の金田博恵氏は「行政サービスの向上には、人と人の対話が欠かせない」と訴えた。また、藤沢市IT推進課の宮寺通寿氏は神奈川県市町村電子自治体共同運営協議会の活動をレポートしたあと、「行政事務手続きの電子化が、すべての問題を解決するわけではない」と締めくくった。

 「市民の全員がパソコンやインターネットを使いこなせるわけではない。それなら市が、住民から寄せられる行政手続きの問い合わせに的確に答え、プライバシーやお金にかかわる場合を除いて、手続きを代行する機能を持てばいいのではないか」と金田氏は言う。

 札幌市や藤沢市では電話への応対をコールセンターに移行したことで、市職員の事務処理効率がアップし、コストは大幅に低減できた。市民にほとんど負荷を与えず、効果的なIT活用を実現している。

 「電子化に職員が抵抗を示すのは押印の問題。認印は本人の意思を確認するため、実印は本人確認を含めたものだが、電子認証なら両方がいちどにできるし、改ざんが防止できる。担当課の職員にそのことを納得してもらうのが先」と宮寺氏は言う。「パソコンやインターネットは、ひとつの選択肢に過ぎません」が結論だった。

■通じない都市の理論

 続くパネルディスカッションのコーディネータを務めた新免國夫氏は、岡山県情報ハイウェーを企画・立案した人物。現場の視点から国の施策を評し、歯に衣着せぬ“辛口”で知られる。現在も岡山県の情報化顧問、地方自治情報センターのITアドバイザーを兼務するが、パネルの冒頭、「できれば総務省の人に聞いてほしかった」と前置きして、「国が目標として掲げる“オンライン化率50%”の母数は何なのか、それが不明確な数値目標にどれほどの意味があるのか」と手厳しい。

 住民から見たとき、行政事務の届出や申請をオンラインで行っても、添付書類を提出したり、交付書類を受け取りに行く手間は省けない。また、オンライン利用率50%を達成しても、担当課窓口にとって、電子データと紙の書類を扱う煩雑さは残る。それによって行政事務コストがどれほど低減できるのかを考えると、セミナー参加者の口から「ほかにやるべきことがあるのではないか」という言葉が出るのはもっともだ。

 少子・高齢化と産業・人口の大都市集中で、地方財政が逼迫するのは目に見えている。だからこそ電子化で行政職員を削減し、「小さな役所」をつくろうというのが国の電子自治体システム指針だが、市町村の現場担当者は「机上の空論という部分が少なくない」と口をそろえる。時代の流れから電子化は避けて通れないことは分かっていても、「自治行政のポイントはヒューマン・コミュニケーション」なのだ。

 ここで気がつくのは、「電子化」と「地方自治」は、相交わることのない概念を含んでいることだ。電子化はトップダウン型、標準化・共通化を意味するが、地方自治は地域特性、独自性、自主性、個別性に基づいている。「日本でいちばん小さな村」で知られる富山県の舟橋村は、村のどこからでも役場まで徒歩10分。このため届出も申請も役場職員と住民の対面式で行われる。外灯の電球を交換するのも下水の溝を直すのも、業者に任せず役場の職員と住民が手分けして行う。少なくとも舟橋村に都市の理論は通じない。
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