視点

ゲイツ氏の引退が象徴するものは

2006/07/03 16:41

週刊BCN 2006年07月03日vol.1144掲載

 米・マイクロソフトのビル・ゲイツ会長が、08年で経営の第一線から身をひくという。その真意はどこにあるのだろうか。

 直接本人から聞いたわけではないが、次の通り勝手に解釈してみるのも一興ではないだろうか。

 ゲイツ氏とのつき合いのなかで、とりわけ印象深い思い出がある。94年のことだ。彼にインターネットについて、どう思うかと尋ねると、即座に「ビジネスにならない」という答えが返ってきた。あれはアカデミズムかボランティアの世界に属するものだというのである。

 ところが翌年になると、その意見は一変していた。95年の3月に会うと、今度は「インターネットのビジネスを取り込まなければだめだ」と言い切った。変わり身の早さにも驚いたが、その後、エクスプローラでネットスケープを追いつめていく徹底ぶりに、ゲイツ氏のネットビジネスに対する確信の深さを見た思いがした。

 結局、彼はその延長線上を一直線に駆け上がって、インターネットの世界で空前の成功を手中にした。そのビジネスモデルは、圧倒的なシェアのもとで独占的な支配力を築くという資本主義の論理を追求したものである。

 しかし時代は、手中に収めたはずのインターネットの世界に、思いもよらぬ変化をもたらすことになった。

 開発の成果を誰もが共有できるというLinuxの普及であり、利用者に一切の対価を求めないグーグルの台頭だ。いずれもマイクロソフトのビジネスモデルとは相容れない。

 時代は、再びクローズド・ビジネスモデルからさらにオープンなものへと歯車が大きく回転している。インターネットはまだ大きく変化しながら、新しい時代に向かう。

 ひとつの形が生まれ、成長し、衰退し、また新たな形が生まれる。万物生々流転である。彼はそれを鋭く感じとったのではあるまいか。そう考えると、今回の引退宣言は、大きな時代の転換点を象徴する出来事と解釈できるのだ。

 もっとも、ゲイツ氏は別の局面で新しいIT革命に取り組んでいくに違いない。それが慈善活動であり、地球環境の問題であるならば、間違いなくIT革命の究極の目標といえるだろう。

 彼がそこに向けてスタートを切っていくだろうことを期待している者の一人である。
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