脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む
<脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む>新連載序論 崩れた脱レガシーの「方程式」
2006/06/26 16:04
週刊BCN 2006年06月26日vol.1143掲載
オープン系=低コストは本当か
「島田レポート」が投じた波紋
「世界最先端のIT国家の実現」を目指すe-Japan重点計画が着手されたのは2001年。今年度からその後継プロジェクト「IT新改革戦略」がスタートした。法制度が改正され、インターネットのブロードバンド化、公共手続きや商取引の電子化など、これまでにないシステムが相次いで実用化された。一方、IT投資促進減税で中小企業のIT利活用が脚光を浴びた。IT新改革戦略が具体的な姿を見せるのは今年の夏以後だが、総じて意味するところは「脱レガシー」であるに違いない。「脱レガシーの道標」を、事例を交えつつ今週から連載で解説する。(佃 均(ジャーナリスト)●取材/文)
■オープン化とITコスト
今年の3月、摂南大学の島田研究室(室長:経営情報学部長・島田達巳教授)がまとめた調査レポートは、電子自治体システムの今後に一石を投じることになった。それは47都道府県と市町村の計2440団体を対象に昨年6月に実施した「電子自治体アンケート調査」で、集計結果が示すのは「オープン系システムは、必ずしもITコストの削減に貢献していない」ということだった。
人口、初期費用、運用保守費用といったファクターでレガシーシステムとオープンシステムを比較したところ、レガシーシステムはオープンシステムに対して人口1人当りの初期費用がマイナス0.33、同運用保守費用がマイナス50という数値になったのだ。報告書には、「運用保守費用はレガシーシステムが多いほど、また、特定ベンダーの割合が高いほど、抑制されていることを示している」とある。
この調査結果は、総務省の外郭団体である地方自治情報センター(LASDEC)が04年度調査研究事業として取り組んだ「地方公共団体におけるオープンソースソフトウェア利活用方策」報告書(OSS報告書)の指摘と符合していた。OSS報告書は「OSSによって抑制できるITコストは、ソフトウェア・インストールにかかる初期費用に過ぎず、システムのトータルコストをただちに抑制・削減することにはつながらない」と明記していたのだ。
e-Japan重点計画の立案に中心的な役割を果たした内閣府、経済産業省、総務省などは当初、「脱レガシー+OSS利活用=ITコスト削減」という方程式を描いていた。レガシーシステムは特定ベンダーのアーキテクチャに縛られ、機能拡張に対する柔軟性に欠け、開発・運用保守コストが割高になっている、と考えていたからだ。
ところが、この2つの調査レポートは、意外にも全く逆のベクトルを示していた。
■LGWANでASPを提供
東京・霞ヶ関。
摂南大学島田研究室の調査レポートが発表されたのと同じころ、市町村の電子化指針を策定し、実質的な指導を行っている総務省地域情報政策室では、LGWAN-ASPの取りまとめが佳境に入っていた。04年度の後半から、「電子自治体システムの軸足を、ASPに移すほうが現実的」と見る意見が強まっていた。そのことについて、昨年8月に赴任した元岡透室長は、「方針の転換ではなく、発展型として自ずから帰着するところ」と表明する。
LGWANはe-Japan重点計画が策定される前、すでに98年から「政府ミレニアムプロジェクト」のなかで構想が練られていた。その発想の根本には、少子高齢化と地方財政という、将来にわたる大きな課題があった。市町村が個別に情報化を推進するだけでは、地方公務員の絶対数を抑制するのは難しい。これまで以上に事務の効率化を図るには、市町村の枠を超えた行政事務手続きにコンピュータとネットワークを活用するのが最も効果的と考えられたのだ。
国―都道府県―市町村の3階層を相互に専用ネットワークで結び、事務連絡や基盤的対住民サービスにかかる事務を電子的手段で処理していく。当初は行政機関におけるペーパーレスが目標として掲げられ、それが発展して電子自治体システムの基盤ネットワークに位置づけられた。e-Japan重点計画で電子自治体システムが脚光を浴びたが、02年度に地方分権推進関連法の整備が行われ、05年度に市町村合併特例法が施行された。この時点で地域情報政策室は電子化と合併というテーマを抱えることになった。
元岡室長が懸念したのは、平成の大合併で誕生した新しい市町村が、電子自治体システムの構築で“後戻り”してしまうことだった。いわゆる“護送船団方式”の基本は「みんなで渡れば怖くない」だが、情報化・電子化では、最も出遅れている旧市町村に歩調を合わせることになりかねない。
「個々の事情にもよるが、合併の方策を協議するプロセスでITが重要視されていたかというと、若干ながら疑問が残る」「情報システムの統合を視野に入れて合併協議を進めたケースは決して多くなかった。行政の長や議会に、ITの重要性が認識されていなかったきらいがあったのではないか」という言葉に、市町村の個別対応とは別に、国家的見地に立った施策が必要という認識が垣間見える。
加えて昨年の夏以後、「最先端の電子自治体システム」を標榜して取り組んでいたいくつかの地方公共団体での難渋が見聞されていた。脱メインフレームを目指した青森市、佐賀市など県庁所在都市の動き、全県共通基盤の形成を目指す福岡県、愛媛県、合併によって派生する過疎と電子化の調整などなど……。
「これまでの成果を正しく評価し、課題を整理したうえで、もう一度、要点を絞って目的と目標を確認しておく必要がある」という認識に立って、市町村が個々に構築している電子自治体システムは、今後、LGWANとの連携をますます強めていくに違いない。
LGWAN-ASPが脱レガシーの道標となり得るかどうか、次回に検証してみたい。
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