コンピュータ流通の光と影 PART IX

<コンピュータ流通の光と影 PART IX>拡がれ、日本のソフトウェアビジネス 第49回 静岡県

2006/03/27 20:42

週刊BCN 2006年03月27日vol.1131掲載

 静岡市は、東海道新幹線を使えば東京からも名古屋からも1時間ほどの距離にある。時間的な距離感からいえば東京郊外と大差ない近さだ。その“近さ”が良くも悪くも静岡市周辺のSIerやソフト開発会社に影響を及ぼしてしている。(光と影PART IX・特別取材班)

全国規模で事業展開するSIer 行政はコンテンツ産業の集積目指す

■静岡を意識しない地元SIer

 静岡県は静岡市周辺が商業地域、県西部の浜松市周辺は自動車産業をはじめとした製造業が集中するといったように、関連するソフト産業の性格も自ずと異なっている。静岡市に本社を置く、「ロジスティックステーション iWMS」など物流向けに特化したソリューションを提供するフレームワークスの田中純夫社長は、「静岡県は東京と大阪を結ぶ物流の大動脈の中間地点。物流システムを提供するうえでメリットになることが多い」という。

 同社は、物流向けに独自にシステム開発を続けてきた。知名度がそれほど高くなかった頃にも、評判を聞きつけて訪問してくる顧客もあった。「その点で、静岡市が東京から近いというのは大きなメリットだった」と、地の利を生かすことができたと振り返る。現在、顧客にはヨドバシカメラや紳士服チェーンの青山商事など大手企業が名を連ねる。静岡に本社を置き、東京は本部組織としており、田中社長自身も「ほとんど東京にいる」とか。

 同社は2004年6月に東証マザーズに上場した。もちろん静岡県内のSIerでは初めてで、現在でも唯一の存在だ。05年3月にはサン・ジャパンとの合弁で中国・北京市に合弁会社を設立、11月に日本ビジネス・クリエイトを買収したことで、ベトナムのソフト開発会社も傘下に入った。「中国の子会社は、拡大していく中国内の物流市場がターゲット」とオフショア開発を目的としているのではないと強調する。

 全国規模で事業を展開しているのは、流通向けシステム開発・販売を手がけるユニックスも同様だ。中田紘二社長は、「静岡に本社があるというのが別にマイナスになるわけではない。メリットがあるとしてもそれは結果論だ」と割り切った見方をしている。同社のターゲットは、「全国各地の地域1番店」と明確だ。小売業向けの基幹業務システム「TAURUS(トーラス)」や、情報分析ツール「WeMa2」などのパッケージソフトの顧客は、北海道から九州まで広がっている。

 同社は全世界でも約200社、国内では43社しかいないIBMのISV─AAの資格を持つ。「パートナーとして対等な立場でベンダーと渡り合っている」というのも小売業向けのソリューションが好調であるという自信に裏打ちされている。今、力を入れているのはパッケージソフトのASP方式での提供。「現在ASP方式の顧客は3社。今年は10社に拡大したい。既存の顧客3社のASP移行が決まっており、新規に2社獲得した。残り2社については新規顧客の開拓」と手応えを感じている様子だ。

 これから「静岡発で全国展開」を模索するというのはガーデンソフトだ。介護ステーションなどでケアマネージャーが介護ヘルパーを管理するのに用いるツール「ケアマジック」を開発した。介護ヘルパーの持つ携帯電話にスケジュールなどをメール形式で送り、ケアマネージャーとヘルパーの連携を強化するツールとして売り込みを図る。松浦秀三社長は、「十数人規模の会社では、まだまだ力不足だがこのシステムを軸に、まず県内で介護関連企業で協同組合化を図ることなどから普及につなげる」と意欲的だ。これまでにも地図情報と連携した営業支援ソフトなどを開発しているが、こうした経験を今後、ケアマジックに取り込むことも検討している。

■行政の地元発注額ワースト1からの転換

 地方の場合、「最大の顧客は自治体」である。しかし静岡県の場合、東京に近いという点がアダとなり「自治体も地元企業を見るより、大手ベンダーに発注するケースのほうが多い」(静岡情報産業協会の矢部毅事務局長)。経済産業省の特定サービス産業実態調査によれば、静岡県の情報サービス業の売上高は04年度約1100億円で、岐阜県の3倍近い。愛知県は約5100億円と図抜けているものの、他の中部東海および北陸地区の各県と比べれば静岡県はケタが違う。しかし、「03年度は、自治体が(情報システム関連を)地元に発注する金額は全国最下位だった」(矢部事務局長)。大手が直接進出しやすい近さに加えて「東京から近いことは、下請け依存を加速することになっている」という弊害も生んでいる。

 もちろん自治体は、「コンソーシアムなどの形で地元企業が応札しやすいように門戸を広げている」(小泉圭之・静岡県企画部情報政策室主幹)。しかし、「応札してきた例は皆無」なのだという。発注側だけでなく企業側にも課題はありそうだ。

 中小企業のIT化を推進しているNPO(特定非営利団体)法人、IT・静岡の夏目和久理事長(浜名湖国際頭脳センターIT推進課長・ITコーディネータ)も、「地域性からいえば、東京に近いことで下請け慣れしている企業が多い」と指摘。さらに、「浜松市の製造関連企業は中小企業も2代目になって、情報化に積極的な企業が出ている」と情報システムニーズは拡大しつつあるとみる。地場SIerが前向きに応えていけるかどうかが地元との密着度を深めるきっかけになるだろう。

 情報ニーズの掘り起こしを狙って、静岡情報産業協会は04年12月に静岡県知事、静岡市長宛ての政策提言「しずおかコンテンツバレー構想」を打ち出した。これに沿って静岡県は今年度、クリエータデータベースを作ったほか、行政と地元情報関連企業が連携して、しずおかコンテンツバレー推進コンソーシアムも実働を開始した。情報サービス産業に直接貢献する部分だけではないが、映画や音楽、文芸、漫画、アニメ、コンピュータゲームと対象は幅広く、クリエータの育成やプロデューサーやディレクターの招致などを図っていく方針だ。

 「県と静岡市、企業が緊密に連携できている。実質的にスタートしたばかりだが、静岡県にコンテンツ産業の集積を目指していく」(北川文博・静岡県商工労働部新産業室専門監)と方向性を明確に打ち出す。新産業室の池谷直樹主査は、「県で運営しているデータベースへの登録件数は約100件。来年度はさらに充実させていくとともに情報の活用を本格化する」と語る。
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