コンピュータ流通の光と影 PART IX

<コンピュータ流通の光と影 PART IX>拡がれ、日本のソフトウェアビジネス 第37回 中部東海(1)

2006/01/02 16:05

週刊BCN 2006年01月02日vol.1119掲載

 日本国際博覧会(愛知万博)や中部国際空港の開港にわいた中部地区。IT業界も万博・空港特需の恩恵を受け、西暦2000年問題(Y2K問題)の特需以降、踊り場だった景気に一定の浮揚感が得られた。06年はその反動による経済へのマイナス影響が一部で懸念されている。製造業、とりわけ自動車産業の盛んな地域特性をどう生かしていくのかが、IT産業の成長のカギとなりそうだ。ポスト万博・空港に耐え得る産業構造の強化に向けた官民の取り組みを取材した。(光と影PART IX・特別取材班)

万博・空港でわく中部経済 反動食い止める動きが焦点に

■人材育成も自動車産業と連携で

photo 中部地区の経済の中心である愛知県の情報サービス業の売り上げ規模は、東京都、神奈川県、大阪府に次ぐ全国第4位。経済産業省「特定サービス産業実態調査」によれば、2004年の同地区の売上高は前年比5.3%減の約5400億円だった。ITの大口顧客であった旧東海銀行が合併により消滅。IT関連の発注元が東京にシフトするなどして、同地区の金融関連需要が減退してきただけに、万博や空港による経済効果はまさに「恵みの雨」(大手地元ITベンダー幹部)だった。

 ポスト特需で注目されているのが製造業だ。とりわけ自動車産業とのより密接な連携を目指す動きが活発化している。愛知県には純利益1兆円を叩き出すトヨタ自動車が本社を構え、自動車で使う電子機器向けの組み込みソフトや次世代の高度道路交通システム(ITS)関連の需要拡大が見込める。

 自動車向けの電子機器を製造する企業を中心に、組み込みソフトなどの開発が積極的に行われているが、これらは製造業の売り上げとしてカウントされるケースが多いため、「中部地区における実際のソフト開発の規模は統計よりも大きい可能性がある」(鈴木悟・経済産業省中部経済産業局産業部製造産業課機械産業係長)という見方もある。実際、大学の情報処理系学部の学生が自動車関連メーカーに内定するケースも増えている。メーカー内でソフト開発を活発に行っているようだ。

 こうした市場特性に適合したIT人材の育成を戦略的に行う動きがある。中部経済産業局では、岐阜県の高度情報化を推進する戦略拠点「ソフトピアジャパン」を活用した人材育成の強化を進めている。これまで岐阜県のIT拠点という性格が強かったソフトピアジャパンを中部地区全体で活用することで、経済効果をより広範囲に波及させる計画だ。

 具体的には、中部地区の企業ニーズに応じたオーダーメイドの研修カリキュラムを来年度(07年3月期)に立ち上げる予定で、自動車の電子機器向け組み込みソフトやセキュリティなど企業ニーズに合った人材を育成する。

 オーダーメイド研修は、地域の雇用拡大にも結びつくとともに、「戦略性をもった人材育成が可能になる」(竹村初美・中部経済産業局地域経済部情報政策課長)と、中部地区の産業をリードし、即戦力となる人材を集中的に育成することを目指す。

 複数の企業向けの即戦力人材を育成すれば、公共性も高まり、これに地域の戦略を織り込ませることで「産業全体の振興」(木村英樹・情報政策課係長)に結びつける考えだ。

■派遣から問題解決型への転換も

 地域の産業特性に適応して大きく飛躍するITベンチャーの育成も活発化している。愛知県では03年1月にITベンチャーのインキュベーション(育成)施設「あいちベンチャーハウス」を新設。光熱費や通信費などの負担のみで、交通至便の名古屋市内に原則3年間オフィスが借りられることから全25室ほぼ満室と高い稼働率を誇る。3年間のインキュベーション期間を経て、06年3月末には第一期〝卒業生〟12社が巣立つ予定で、4月には新たなベンチャー企業が入居する見込み。

 製造業の集積は進んでいても、ITSなど次世代の高度情報化を支える地元IT企業の集積は「相対的に進んでいない」(渡邊治之・愛知県産業労働部新産業振興課情報通信・ベンチャー育成グループ主査)ことから、将来の需要に応えうるITベンチャーの育成に力を入れる。

 東京などに本社を置くITベンダーの営業拠点は多数あるが、この地域の産業規模に見合うだけの独立系ITベンダーが十分に育っているとはいえない。製造業に偏重して、地場のソフト開発産業の脆弱さを指摘する声も聞かれる。

 地元ITベンダーの中には大手製造業グループからソフト開発を請け負い、顧客先に自社の技術者を常駐させる〝派遣型〟のソフト開発を行っているケースも見られる。

 派遣型のベンダーは、プロジェクト全体を主体的に遂行できないため、プロジェクト管理能力や技術的な蓄積がしにくいとされる。自動車産業の景気が好調なときは、人手不足を補うための積極的な外注により、派遣型のビジネスの拡大は進むが、万が一、景気拡大が一段落したり、開発工程を海外に移転したときは、ビジネスが立ち行かなくなる危険性がある。営業力やプロジェクト管理能力の不足により、独自のビジネスを展開する能力が乏しいため、大量の失業者を出す結果につながりかねない。

 こうした事態を回避するためにも、組み込みソフトなどの分野で業界をリードする先端技術を身につけたり、顧客の経営問題を解決するソリューション能力の向上が求められている。愛知県ではこうしたソリューション型ビジネスの重要性を強調する。

 今はインキュベーション事業が主体となっている「あいちベンチャーハウス」を、例えば産官学連携ビジネス実現のためのネットワーク拠点として機能させるなど、地域の新しいビジネスを創造するハブ拠点に進化させていく方針だ。

 累計2200万人を動員し、大成功に終わった愛知万博は、地元ホテルや百貨店、飲食店などに大きな経済効果をもたらした。会期中、ホテルは満室状態が続き、地元百貨店ではボーナスを上乗せするなど景気の浮揚につながった。万博に合わせて開港した中部国際空港では、空港関連の制御システムを中心にIT大手ベンダーが多数参加し、下請けになった地元ITベンダーを潤した。しかし、万博・空港の特需が終わった06年は「必ず反動がくる」と地元経済界では予測する。この反動をどう乗り切るかが今後の焦点となりそうだ。
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