視点

パンはなぜ美味しくなるのか

2005/07/11 16:41

週刊BCN 2005年07月11日vol.1096掲載

 近所に美味しいパン屋さんがあるとしよう。そこのパンはなぜ美味しいのか。「ご主人の腕前がいいから」と奥さん達が理由を説明する。つまり、美味しく作れる人がいるからパンが美味しくなるということだ。これを業務に置き換えると「営業の上手い社員がいるから商品が売れる」ことになる。

 しかし、インテルの創業者であるアンドリュー・グローブ氏は違うことを言っている。彼は、パンが美味しくなるのは「美味しくなるような工程があるから」だという。材料の厳選から、捏ねる工程、焼く工程を通じて品質を守る作業をこなせば、パンが自然に美味しくなるというのだ。

 よく、「気持ちを込めてつくった料理だから美味しい」というが、商品としてのパンは愛情ではなく商品価値(バリュー)を表現する物でなければならない。重要なのは客観的な事実としての商品価値。その判断は作る側の主観ではなく、買う側の「購入」という事実によってのみ下される。腕前や気持ちばかり強調すると、業務は必ず属人的になる。つまり特定の人でないとうまくいかない構造だ。この構造には決定的な欠陥がある。

 まず、変化に耐えられない。職人の育成は大変な時間とお金が必要で、一度育成したら、長期間にわたってその腕前を発揮しないとコスト的に合わない。そうなると、変化を好まなくなる。

 次にコストがかかる。腕前のいい人は給料が高い。しかし、腕前のいい人は同時に多くの「腕」のいらない仕事をしてしまいがちだ。パンを焼く工程では、混ぜる作業と捏ねる作業はプロではなくてもよい。しかし、職人は最初から最後まで1人でこなすのが好きな人が多い。高い給料をもらいながら低い付加価値の仕事もしてしまうと、コストの上昇を招いてしまう。

 最後にリスクがある。これからは人材の流動化がますます進む。気楽な「共に成長」から厳しい「共食い」の時代に入ると、変化に適応し、変化をつくり出すことが競争に勝つ手段になる。変化には人材の変化も含まれる。そして、人材も流動化が進むのである。

 何年もかかって職人を育成したところ、市場のニーズが変わり、事業の重石になるリスクはますます増大する。普段から社員と企業の双方の利益に適う流動化を心掛けておけば、リスクは少なくなるのである。
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