コンピュータ流通の光と影 PART IX

<コンピュータ流通の光と影 PART IX>拡がれ、日本のソフトウェアビジネス 第9回 和歌山県

2005/06/06 20:42

週刊BCN 2005年06月06日vol.1091掲載

 「(情報サービス産業の)市場のパイが小さく、県内だけを対象にシステムインテグレータ(SI)事業をやっていては企業として成り立たないかもしれない」──。和歌山県内で情報サービス産業にかかわる人の口から、たびたび漏れてくる言葉だ。県内に立地する有力企業は少なく、地場産業に恵まれているわけでもない。しかし、創意工夫で環境を克服しようとの動きも出てきている。(光と影PART IX・特別取材班)

県立情報交流センターや協同化 創意工夫で地場のITビジネス振興へ

■企業誘致に向け人材供給も活性化

 「国土の幹線から外れ、関西のなかでも中心から外れている。人口も100万人を超える程度で、人材やソフト産業の集積もない。振興策は限られてくる」と、和歌山県企画部IT推進局の高田義久情報政策課長も、情報サービス産業を取り巻く環境の厳しさを否定しない。

 和歌山県が2004年11月に制定した「和歌山県IT戦略II」では、5つの戦略的展開領域の中に「産業支援と産業育成による経済の活性化」、「県民のIT利活用能力の向上と次世代を担う人材の育成」という項目が盛り込まれている。その中核となるのは、03年4月に総務省からITビジネスモデル地区の指定を受けた田辺・白浜地区のリゾート型ITビジネスモデル地区構想だ。地区内の30施設44ポイントに無線LANの基地局を設置し、ユビキタスネットワークに向けた環境整備を行っている。しかし、進出したIT企業は5社にとどまる。

 「県外から仕事を取ってくる」ための企業誘致促進に関し、和歌山県が期待するのは、今年から供用が始まった和歌山県立情報交流センター「Big・U(ビッグユー)」だ。県内では初めて指定管理者制度を採用した公設民営施設で、NPO(特定非営利活動)法人の和歌山IT教育機構が管理運営にあたる。和歌山大学も地域情報化をターゲットとした大学院講座を開設、「いくら助成制度があっても、人材供給できなければ企業誘致に結びつかない。指定管理者制度で効率的に(IT関連の)人材育成を進める」(高田課長)方針。安定的な人材供給がIT関連企業誘致を促進し、地場の情報サービス産業の活性化にもつながるという考えだ。


 ただし、「主」たる狙いは、新規の企業誘致。既存の情報サービス産業への効果は、あくまで「従」だ。県内の情報サービス産業の有力企業は大阪府に隣接する和歌山市にあり、すでに収益の中心は大阪や東京に置いている場合も多いためだ。

 サイバーリンクスは、00年1月に傘下にあった通信システム、情報システム、流通小売業のPOS(販売時点情報管理)情報処理ネットワーク、モバイルネットワークの4つの事業体を統合して新たにスタートした。現状の売上構成比は、6割が地元で、残り4割は他県でのPOS情報処理ネットワーク事業。しかし、今後はPOS情報処理ネットワークが事業の柱になっていく。

 サイバーリンクスの水間乙充技術統括室室長は、「POS情報処理は、関東や東北での事業譲渡を受け、全国統一を果たした。ASP(アプリケーションの期間貸し)モジュール方式の『@rms』が今年2月に完成し、導入から保守、小売業の業務全般、メーカーや卸売業まで、文字通りの総合流通情報サービスの展開が可能になった」と、事業本格化への手応えを指摘する。

 県内ビジネスでは大きな成長は期待できない。一方で開発部隊を全国展開するような事業はリスクも大きい。それを補うのが、ASPによりサービスを提供するというビジネスモデルだ。

 「開発部隊は和歌山だけで、関東や東北などの事業所単位の配置は当面考えていない。提供するのはサービスであり、本社で開発すれば足りる。中国の天津にあった子会社も、昨年閉鎖した。要はビジネスの手法次第であり、海外に頼る必要はない」(水間室長)という。

 人材についても一元管理が可能となるため効率的。「和歌山では仕事がない、というような技術者は、どんな対策を採ろうと県外に出てしまう。しかし、和歌山で仕事がしたいという人は当社に来る。1番の人は採れなくても、2番の人なら採れる」(同)ということだ。

■協地元企業結集し大手ベンダーに対抗

 サイバーリンクスwとは反対に、県内での事業を強化する動きも出ている。「大口契約は大手ベンダーが有利だが、県内の案件で多い中小規模になると、小回りが効かない。小規模なら県内企業単独でも受けられるが、中規模案件を東京や大阪の会社に取られないようにしようという動き」(和歌山県情報サービス産業協会事務局)だ。

 今年3月、県内の7社が参加し「アイ・ツー・ティ協同組合」が発足した。「大手にはないニッチ市場なら入り込めるという自信がなくなりつつあり、若手経営者に危機感が出てきた。受注や仕入の協同化でスケールメリットを求めようということだ」と趣旨を説明するのは、中心的役割を果たしている宮崎エンジニアリングの廣崎清司代表取締役。市場規模に合わせる形で、大手ベンダーが和歌山にかけるマンパワーを縮小させている。「価格とパフォーマンスで真価を問い、そこにつけ込んでいく」(廣崎代表取締役)作戦だ。

 宮崎エンジニアリングは、製材業者向け営業業務支援ソフトなど特色あるオリジナル製品を持ち、県外での実績も多い。開発型企業であるため、和歌山大学など地元との接点も多く、廣崎代表取締役自身、介護保険事務ASPサービスの大学発ベンチャー「あっと楽けあネットワーク」の会長も務める。協同組合もそうした活動のなかから誕生した。

 「まずは民間案件を協同受注することが第一。県からも受注することを目指すが、協同化による実利を示すことが重要」(廣崎代表取締役)と考えている。ただし、協同化を成功させるには、それぞれの組合員が持つ既得権益を犠牲にしなければならない場面も出てくる。企業連合のように強い結束が必要ということだ。他の都道府県でも協同組合は存在するが、機能していない場合も多い。打破することが本当に可能なのか、地場の情報サービス産業振興の観点からも注目される。
  • 1