総IT化時代の夜明け SMBの現場を追って
<総IT化時代の夜明け SMBの現場を追って>6.熊澤歯科クリニック(上)
2004/12/06 16:18
週刊BCN 2004年12月06日vol.1067掲載
歯科医が開発したソフト
予約システムの名称は「福島さん」。神奈川県の歯科医院、ベル歯科医院(鈴木彰院長)に勤務する大澤次郎・歯科医師が開発した。「福島さん」という奇抜なネーミングは、ベル歯科医院のベテラン受付係の名前から。歯科医院の業務効率を高めるために開発した「福島さん」の第1号ユーザーである熊澤歯科クリニックでは、診察・治療の予約業務が大幅に向上しただけでなく、予約のキャンセル率も従来の10数%から5%以下へと減少した。「福島さん」は、2002年秋に本格的な出荷を始めた。「福島さん」を製品化した翌03年10月、ベル歯科医院の鈴木院長が社長を兼務する形で、ソフト開発会社のデンタルソフトを設立。ソフトの開発を本格化した。現在は全国15か所の歯科医院に納入している。
多くの歯科医院では、受付係が紙に患者の来院日時を書き込むなどして、予約スケジュールを組み立てている。少し進んだ歯科医でも表計算ソフトのエクセルなどを活用している程度。しかも、基本的に受付係が予約表を管理しているため、歯科医や歯科衛生士など他のスタッフが書き込んだり、予約表のリアルタイムな参照は困難だった。受付係以外のスタッフが予約を書き加えたり、予約表を院内の別の場所に持ち出せば、混乱の原因になるからだ。
予約の取り方1つにしても、ベテランの受付係なら、患者の顔を覚えていて、「この人は毎週水曜日の午前中に来院することが多い」などと経験で分かり、患者に「次回も来週水曜日の午前中でいいですか」と、効率よく予約を入れることができる。もし、ベテランの受付係が退職したら、この歯科医院は、次の受付係の習熟度が向上するまでぎくしゃくした受け付けが続くことにもなりかねない。
「福島さん」では、ベル歯科医院のベテラン受付係のノウハウをソフトウェアに反映することに力を注いだ。まずは、患者別の来院履歴から、何曜日の何時頃に来院する頻度が高いのかを自動的に計算し、画面に表示する仕組みを取り入れた。これにより、患者番号を入力するだけで、過去の来院履歴をベースとした次の予約候補を表示し、受付業務に慣れていないスタッフでも、「次回も来週水曜日の午前中でいいですか」などと予測して対応することが可能になった。
また、LANを活用することで、院内の他のパソコンでも予約表を表示できるようにした。歯科医や歯科衛生士が、治療台の横にあるパソコンから次の来院予約を入力することもできるようになった。
実際、熊澤歯科クリニックでは、窓口の受付係だけが予約を取るのではなく、各患者を担当する歯科衛生士も、院内ネットワークで結ばれたパソコンから、直接「福島さん」に予約を入力する。予約のキャンセル率が下がったのも、「普段、指導してくれる歯科衛生士と交わした“約束”を、簡単に破れない」(上浦副院長)という心理が働くことが大きいと予測する。受付係に対する予約はあくまでも間接的であるため、電話さえすれば日時の再調整ができるという印象が強いのに対して、歯科衛生士とのやりとりは“1対1の約束”という印象が患者に強く残るようだ。
「福島さん」は、予約候補の自動予測や院内ネットワーク対応の機能に加えて、治療履歴や備考メモなどを蓄積することができる。デンタルソフト社長であるベル歯科医院の鈴木彰院長は、「朝、『福島さん』から自分用のスケジュールを抽出し印刷することで、どの患者に、どういった治療をするのかひと目で分かる」ことに加え、各医師のスケジュール管理にも役立つと話す。歯科医だけでなく、歯科衛生士や歯科助手などスタッフそれぞれが「福島さん」をベースとしたスケジュールを共有し一覧できる。
デンタルソフトでは、今後、「福島さん」に続き、歯や骨の状態を写したレントゲン写真やデジタルカメラで撮影した口腔内写真を管理するソフトウェア「デンタフル」(仮称)を開発している。「福島さん」を開発し、デンタフルの開発も担当しているベル歯科医院の大澤・歯科医師(デンタルソフト取締役開発部長)は、「『福島さん』との連携も視野に入れて開発中」と、患者予約から治療履歴、レントゲンや口腔内写真の参照に至るまで、シームレスに閲覧できる仕組みづくりに力を入れる。
デンタフルは、今後1年以内をめどに完成させ、歯科医院向けの販売やレントゲン写真機メーカー向けのOEM(相手先ブランドによる生産)供給に着手する予定だ。デンタフルが完成すれば、既存の「福島さん」に続く有力商材に育てていく計画。
これまで、健康保険などの報酬を請求するレセプト(診療報酬請求)を発行する「レセプトコンピュータ」などのIT機器の普及は進んでいたが、予約システムや治療履歴、レントゲンや口腔内写真の閲覧システムなどは、メジャーなものがなかった。ここへきて、歯科医院がIT化を進める背景には、歯科医院の競争が激化し、より質の高い医療サービスを提供しなければ生き残れないという危機感がある。次回では、歯科医院のIT導入の背景に迫る。(安藤章司)
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