OVER VIEW

<OVER VIEW>低成長下、米国ベンダー新しい戦略を探究 Chapter1

2004/05/03 16:18

週刊BCN 2004年05月03日vol.1038掲載

 世界的にIT市場の回復は明白になったが、強者がより強くなり、戦略の定まらない企業は市場退出を迫られる厳しい環境となった。企業の投資マインドもビジネスバリュー増大に注力されるようになり、対応できないIT企業は市場退出か、強者に飲み込まれるかの選択を迫られる。一方、マイクロソフトやIBMのような強者も、既存ビジネス領域の寡占、あるいはシェア固定から収穫逓増効力が失われ、新市場への脱出を求めて新戦略を推進する。こうして弱者はもちろんのこと、強者でも従来路線の大幅な転換が必要となった。(中野英嗣)

多様化するITベンダーのM&A、提携戦略

■大きく変化した顧客企業のIT投資マインド

photo 米国有力IT企業の2003年第1四半期決算では、IT市場回復が多くのベンダー業績に好影響をもたらした。当四半期決算売上高前年同期比は、サン・マイクロシステムズを除くすべてのベンダーがプラスとなった(Figure1)。

 売上高分母の小さいAMDやレッドハットの伸びは73%、43%と異常に高いが、分母が大きく世界を相手とするIBM、ヒューレット・パッカード(HP)、インテルなどがともに2ケタ成長を実現したことは、世界的に企業IT投資が回復しつつある証と考えられる。

 しかし、00年中盤からの世界経済停滞や90年代後半のネットバブルに踊って過剰IT投資のツケに悩んだ米企業はビジネスバリューを増大させるIT投資を基本的視点として、保有資産の有効活用を含めたROI(投資効果)の追求、TCO(所有総コスト)削減を大きなテーマにした。

 また、IT経費をこれまでの固定費からビジネスボリュームに比例する変動費に変えるという努力もするようになった。03年5月には、米国ビジネス界のオピニオン誌を自負するハーバードビジネスレビュー(HBR)が同誌編集人、ニコラス・カール氏の論文「IT Doesn't Matter(ITはもはや重要な戦略基盤ではなくなった)」を発表し、多くの企業でIT論議を活発化した。

photo そして、HBRは今年2月、カール論文の改訂版ともいえる新論文「Getting IT Right(ITを正しく作り直す)」を発表。当論文は3つのITクライテリアを明示し、今後のIT構築の指針を示すと多くのアナリストも高く評価した。当論文が示唆するクライテリアは、自社ビジネス戦略とのIT計画の一体化、ITインフラ仕様の統一、戦略的IT部門の編成など、IT業界を含めて多くの人々が賛意を表す内容であった(Figure2)。

 この結果、投資意欲が復活した米国企業では、「ITを作り直す」が1つの共通標語になったと、米インフォワールド誌のチャド・デイカーソンCTO(最高技術責任者)も語っている。したがって、IT企業もこのように変化した顧客の投資マインドに逆らうことはできなくなった。当然、米IT関連企業の商品、マーケティング戦略も大きく変わり始めた。

■マーケティング戦略で差別化成功するIBMとデル

photo 顧客の投資マインドの変化によって、この変化を先取りして戦略転換するIT企業と、これに後れる企業の業績に大きな優劣の差が出始めた。今回の投資回復は、すべてのIT企業業績に好結果をもたらしてきたこれまでのIT景気とは異質な回復であることを感じさせる。すなわち、これからのIT市場は顧客が主導する環境になったといえよう。ユーザーのマインド変化に追随できるベンダーだけが成長を保証されるという、市場主導の厳しい環境にIT企業は置かれた。

 エンタープライズを相手とするIBMも、IT不況の直撃を受けて01年から減収が続いたが、03年より回復軌道に乗り、04年第1四半期も2ケタ増収となった。IBMは一貫して、ソフト、ITサービスのノンハード事業を伸ばし続ける。

 これに対し、サンは02年から極端に売上高が減り続け、04年6月決算もさらなる減収で大幅な赤字は避けられなくなり、マイクロソフトとの係争和解に応じて、マイクロソフトから20億ドル(約2100億円)の巨額な和解金などを得ることで当面のピンチを切り抜ける道を選んだ。 photo サンは研究開発費が重荷となり、03年に売上高に占める当比率は17%、総利益も対する比率は38%にも達して、巨額赤字に陥った(Figure3)。

 現在、世界市場でプレゼンスを強めるのはエンタープライズ市場で競合を圧倒するIBMと、ウィンテル市場で独走するデルだ。IBMは顧客が求める「ビジネスとIT一体化」戦略でエンタープライズシェアを高める。

 デルは顧客TCO削減戦略がユーザーに評価され、ウィンテル商品の一社一括納入の実績を高めて成功している(Figure4)。

■狙いが多様化するIT企業間の提携・M&A

photo 世界的にパソコンは再び出荷台数が伸び始めたが、先進市場のウィンテル商品は買い替え依存の市場サチュレーションが明白だ。インテルの「ムーアの法則」もその効力を失ってはいないが、技術革新による高性能商品で市場が伸長する状況ではなくなり、マイクロソフト、インテルも特定領域の独占が限界に近づき、収穫逓増則も限界に達した。

 一方、IBMもエンタープライズのITインフラはほぼサチュレーション状況となり、これだけで売上高を大きく伸ばせる状況ではなくなった(Figure5)。

 したがって、これら強者はそれぞれ既存ビジネスだけに依存する経営からの舵切り直しを迫られている。このため、マイクロソフトはサンと提携し、Javaと自社.NET併存のヘテロ環境でのウェブサービス支配を狙う戦略に転換した。

photo IBMは顧客ビジネストランスフォーメーション(転換)コンサルティングというIT業界にとって新市場を取り込み、ここでの独占を狙うという戦略転換を行った。同時に、世界IT産業では提携、M&A(合併・買収)の大波が押し寄せている。しかも、この提携、M&Aの狙いも従来のように単なるシェア拡大、経営効率の向上などにとどまらず、きわめて多岐にわたるようになった(Figure6)。

 たとえば、IBMのPwCコンサルティング買収は、ビジネスコンサルティングというIT産業にとって新市場を取り込む狙いであった。マイクロソフトのサンとの提携は、困窮企業サン救済によるマイクロソフトの企業イメージ刷新と、Javaとウィンドウズ市場の融合という複数の目的をもつものである。

 また、成功はしていないが、オラクルのピープルソフトのTOB計画は、相手ソフトブランドを市場から抹殺するというきわめて厳しい狙いが込められている。

 いずれにせよ低成長下のIT業界では、強者を中心とするM&A劇が活発になるのは避けられない動きだ。
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