コンピュータ流通の光と影 PART VIII

<コンピュータ流通の光と影 PART VIII>最先端IT国家への布石 第70回 東京都(下)

2004/03/29 20:29

週刊BCN 2004年03月29日vol.1033掲載

 民間プロバイダなどによるネットワークインフラ環境が充実し、住民のITリテラシーも高い東京都だけに、都内区市町村のIT政策は、住民の声に基づくサービスやセキュリティ確保など、インフラ以外の部分も充実してきた印象だ。電子自治体の〝実験場〟として、全国を先導する三鷹市は、「一定のインフラ整備は完了」したとして、地域特性を伸ばすIT化を進めるなど、ポスト「e─Japan戦略」を占う格好の手本となっている。一方、インフラ整備が一巡したためか、住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)への参加を見合わせた杉並区のほか練馬区や三鷹市などが、「情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS)適合性評価制度」をいち早く取得するなど、セキュリティに関する施策の充実度が目立っている。(谷畑良胤、木村剛士)

三鷹市、地域特性を伸ばすIT政策へ
 杉並区、セキュリティ施策で先行 住民サービス拡充が課題か

■電子自治体における次世代のIT活用の“手本”に

 全国トップの電子自治体──三鷹市は、1980年代に旧電電公社の「次世代情報ネットワーク実験地域」に指定されてから、「e-Japan戦略」を含めて、国の大規模な“実験場”として自治体のIT化を先導してきた。旧電電公社の取り組みにも関わり、その後20年以上も同市の情報政策に携わってきた後藤省二・企画部情報推進室長は、「行政業務のIT化は、一定のレベルで完成した。今後は、市民満足度と自治体経営を実現するために、ITをいかに活用するかに議論は移っている」と、魅力ある地域を作るために、市民参加によりどのようにITを利活用するかに戦略の舵を取っている。

 三鷹市は2001年11月、公募により市民らの手による「第3次市基本計画」(02-11年度)を策定。現在、その計画に沿って新事業が実施されている。これまでに、IT戦略では、電子申請や電子入札など「電子市役所」の基本的なシステムの整備を終え、土・日曜日、夜間でも印鑑証明書や住民票を市役所や三鷹駅出先機関の自動交付機から引き出せるシステムなど、住民要望の多い項目から整備が完了した。 また、昨年4月には、市内に拠点を置く日本無線の社長をCIO(最高情報戦略責任者)に起用したり、地元のIT企業や大学、NPO(特定民間非営利団体)などで三鷹市のIT戦略を助言する「あすのまち・三鷹推進協議会」を立ち上げるなど、「市民参加を強化」(後藤室長)して、IT活用策を練っている。

 05年度予算では、市役所のメインフレーム(日本アイ・ビー・エム製)をオープン系システムに移行する検討を開始することに加え、国際的なセキュリティ認証「BS7799」の取得部署を全庁的に拡大するほか、庁内グループウェアの再構築や市内小中学校を毎秒100メガビットの光ファイバーで接続することなどを計画。ただし、「システムの再構築やセキュリティの強化を進める程度で、IT化の大きな予算は計上しない」(後藤室長)と、IT化予算は一巡したといえる。

 三鷹市は戦前、日本無線だけでなく富士重工業の前身である中島飛行機の工場があった軍需産業の町。しかし、工場が焦土と化した戦後は、都心のベッドタウンとして住宅地が拡大。最近では、住宅地としての魅力を高めるため、人口流入を促すIT化を進め、インターネット上の教育相談「子育てネット」や小中学校の高速情報網「学校インターネット」などを国の助成でいち早く行ってきた。

 また、民間活力の拡大を図るべく、98年度からは「SOHOの拠点を作ろう」と、駅前の空きビルを改装したり、IT企業の空き事務所を買い取り「SOHOパイロットオフィス」を相次ぎ整備、SOHO事業者を誘致してきた。後藤室長は、「三鷹市をSOHO事業者のビジネスチャンスを生む拠点にしたい。家賃は相場通りの額だが、5年間で市外から100社ほどが事務所を構えてくれた。不動産業者でも空きアパートをSOHO用事務所に改装する例も多くなってきた」と、ITで地域特性を伸ばすという市と市民の願いが実り始めていることを強調する。三鷹市のIT戦略は、電子自治体の構築に苦慮する他の自治体とは一線を画し、次世代のIT活用の“手本”として今後も君臨するのは必至だ。

■練馬区もセキュリティを最重要施策に

 三鷹市だけでなく、国のIT戦略と一線を画す都内の自治体は少なくない。住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)への参加を見送った杉並区もその1つだ。当初、住基ネットへの参加を見送ったように、杉並区はセキュリティ対策に関しては積極的な施策が目立つ。塩畑真司・情報システム課開発担当係長は、住基ネットへの参加についてこう語る。「横浜市と同様に、将来の全員参加を前提とした段階的参加方式を目指して、国や東京都と調整している段階だ」と。

 住基ネット関連以外にも、昨年8月には「杉並区情報セキュリティ基本方針」を策定。これに基づき具体的な対策を定めた32項目の実施手順を作り、04年1月から運用を開始している。

 杉並区は、セキュリティ対策強化の一環として、「情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS)適合性評価制度」を3月には取得する見込み。一般企業の取得は徐々に注目を集め、300社以上が取得しているが、自治体が取得するケースは極めて稀なケース。取得すれば、三鷹市、千葉県市川市に続き3番目となる。

 一方、杉並区が現在進めるIT化政策は、02年10月の基本方針に基づき、03年度から始まった3か年計画の中で、41項目の具体的施策を挙げている。庁内のインフラ整備を重点施策として、1人1台パソコンの配備や出先機関も含めた区役所内のネットワークインフラの整備、グループウェアの整備などがすでに終了している。また、文書管理システムの構築は、他の自治体に比べ早くから取り組み始め、昨年10月からすでに稼動している。このシステムは日本ヒューレット・パッカード(日本HP)が受注。日本HPの公共関連案件は、「02年に受注し、すでに稼動している総務省の電子入札・開札システムに続き2件目」(日本HP)という。

 来年度からは、財務・会計システムの再構築を05年度の稼動を目標に進め、庶務システム構築にも動き出す予定。これらは、三鷹市など多くの自治体でも行っている一部のシステムをアウトソーシングすることにより、効率的な情報システムの構築を模索している。業務の短縮化や効率化を中心にIT化政策を進めているが、ITを活用した住民サービスの拡充は今後の課題だ。

 セキュリティ対策に関して、先進的な区がもう1つある。東京23区内で2番目となる約68万人の人口規模を誇る練馬区だ。練馬区では、00年3月に「個人情報保護条例」を策定したことでもわかるように、セキュリティに対する取り組みを最重要視してきた。01年度から始まった電子区役所推進計画の3か年計画の中では、「庁内ネットワークの整備と、セキュリティポリシーの作成を最重要施策として取り組んできた」(朝生修一・練馬区IT推進担当部長)という。

 02年度にまず、情報セキュリティに関する行動規範「情報安全対策の指針」を策定。野村総合研究所のコンサルティングを受け、セキュリティ対策の基本方針や基準の作成に着手し、03年3月に完成。来年度は、庁内全体や部署ごとの具体的な実施基準を作成し、運用していく計画。新たに内部監査および外部監査の実施も行っていく予定で、個人情報保護のための体制をさらに強固にしていく考えだ。

 都心のベッドタウンとして公共施設の予約システムの稼動やパソコン講習会の実施など、ITインフラを利用した住民サービスを強化している練馬区だが、「住民サービス、ITインフラの利活用に関しては、まだまだこれから」(朝生部長)と課題はまだ多い。「住民サービスを積極化すれば、セキュリティの確保は今以上に難しくなる。住民サービスの進展とともに、セキュリティ対策の基準や実施手順の見直しを迅速に行えるスキーム作りも今後の課題だ」(同)と、セキュリティ強化を施策の中心に置く。



 BCNでは、2002年11月から約1年半にわたり全国自治体のIT化の状況を取材、掲載し、今回の東京都で全国47都道府県を全てカバーしたことになります。次回からは、これらの取材を基に自治体IT化の課題は何かなど、総集編を4回にわたり掲載します。
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