コンピュータ流通の光と影 PART VIII

<コンピュータ流通の光と影 PART VIII>最先端IT国家への布石 第66回 神奈川県(上)

2004/03/01 20:29

週刊BCN 2004年03月01日vol.1029掲載

 神奈川県は、今年4月以降に市町村と電子自治体の共同運営を始める。県内37市町村のうち、横浜市、川崎市、横須賀市の3市を除く34市町村が、神奈川県の発注した電子申請・届出システムを使って県と共同で運用を開始する。さらに2004年度中に施設予約、電子入札システムについても開発に着手する。運営主体となる「神奈川県市町村電子自治体共同運営協議会」(仮称)は4月以降に組織化され、共同運営センターについてはアウトソーシングする予定で、04年度中に業者決定する。しかし、横浜、川崎の2市が早々に独自路線でシステム構築することを決めており、横須賀市も「参加するかどうかを保留」(関係者)という状況。県人口の6割を占める3市が参加しないことは、今後、共同運営などに暗い影を落としそうだ。(安藤章司)

県内34市町村と共同運営開始へ 情報バリアフリー目指す

■情報バリアフリー化を目指す

 神奈川県では、02年4月から電子自治体関連システムの共同運営を協議する「神奈川県市町村電子自治体共同運営検討協議会」を設置、県と37市町村が協力して電子自治体関連システム運営について協議してきた。この結果、自前で電子自治体の構築に向けた作業に着手している横浜市、川崎市、横須賀市の主要3市を除いた34市町村と県で、電子自治体関連システムを共同運営することが決定した。

 県と34市町村の電子自治体共同運営では、原則として24時間365日、いつでも、どこからでも、県・市町村への手続きができるシステム作りを目指す。今年2月4日付で「神奈川県市町村電子自治体共同運営協議会設立準備会」を設置し、申請・届出などの情報システムの構築・運用に向けた準備を始めた。4月以降、正式に共同運営協議会となる。

 共同運営協議会が、申請・届出や施設予約、電子入札の運用主体となる。開発したシステムは民間のIDCにアウトソーシングし共同運営センターとする。これら電子自治体システムのうち、最も早く稼働する見通しなのが、申請・届出システム。次いで施設予約システムも04年度中に試行を始め、05年度の早い段階での一部本稼働を目指す計画になっている。

 申請・届出システムは、既存のパッケージソフトをカスタマイズすることとし、NTT東日本が開発したパッケージを採用した。NTT東日本製を選択した申請・届出システムは、価格だけでなく「総務省が示した基本仕様に即している」(県担当者)というのが採用理由となった。

 その他、施設予約や電子入札、共同運営センターなどについては、今後、業者選定などを県の入札で決めていくことになる。

 これら、県民や企業との接点となるフロントエンドシステムの構築にあたり、県が重視している点の1つに「誰でも使えるバリアフリー」が挙げられる。情報システムの「バリアフリー化」を進め、年齢や身体的なハンディキャップ、利用環境による制約を受けることなく利用できる環境整備=情報バリアフリー化を目指す。

 県では、03年4月に、情報バリアフリーを推進することを目的とした「情報バリアフリーガイドライン」を作成した。今回の電子自治体システムにおいても、このガイドラインを適用することを検討している。

 情報バリアフリーガイドラインでは、たとえば、視覚障害者が使うウェブの“読み上げソフト”などに対応することや、より多くの人が読めるようにウェブの色を規定するなど、実際に障害のある利用者や高齢者、専門家などの意見をとりまとめて作成した。

 神奈川県の電子自治体推進担当は、「電子自治体システムの操作画面にも、このガイドラインを参考とし情報バリアフリー化を実現できるよう、市町村に働きかけていく」と、県全体で情報格差の解消に力を入れる。

■申請・届出業務を数年かけて電子化

 申請・届出システムでは、市町村が約38種類の申請・届出業務を電子化の検討対象とし、県では約120種類を検討対象とする。これら対象となる申請業務は、県民や市町村の住民の利用頻度が高く、比較的電子化しやすいものを候補に挙げている。実際には、市町村約38種類、県約120種類を検討対象とし、徐々に電子化を進め、数年かけて検討対象の大部分を電子化する予定だ。市町村の約38種類の電子化が実現すれば、申請件数ベースで70-75%のカバー率を達成できるという。

 市町村における、代表的な申請・届出業務は、住民票や印鑑登録証明書、戸籍謄本などの発行であり、県ではパスポートや水道を使い始めるときの利用開始届、警察関連では遺失物の申請・届出業務などがある。

 電子化には問題もある。例えば住民票の発行に関する申請では、市町村によって、書式(フォーム)が異なる場合もある。共同運営の際は、書式の共通化を図りつつも、どうしても合致しない場合は、複数の書式で運用することも可能にするという。県では、「すべての市町村の書式が、まったく同じでなければ、システムが動かないというものではない」という考えを示す。

 共同運営する申請手続きのウェブサイトで、例えばA市、B町などの選択肢を設け、A市を選択すると、A市の申請書式が表示され、B町を選択するとB町の申請書式が表示される仕組みにすることで、書式の違うことによる問題を解決する1つの方法として検討している。

 こうした住民票の発行の電子化が実現すると、申請者は、ウェブなどを通じて事前に申請することで、交付窓口だけに足を運べば済むワンストップサービスが実現でき、交付の待ち時間短縮にもつながる。

 将来的には、役所に足を運ばなくても、申請した書類が受け取れるようにする仕組み作りも必要になる。しかし実現には、公的個人認証の普及や、手数料の支払い方法の整備、電子的に交付した住民票の複製を不可能にする技術開発といった課題がある。引き続き「安全で、便利な方法を長期的な視野で模索する必要がありそうだ。


◆地場システム販社の自治体戦略

神奈川県情報サービス産業協会

■産業構造の改革を急ぐ

 地元自治体のIT投資を、うまく捉えられていないのではないか?──。神奈川県情報サービス産業協会(神情協)の池田典義会長(アイネット社長)は、県や横浜市など、人口規模の大きい自治体が地元にあるにもかかわらず、これら自治体のIT投資を十分に会員企業が受注できていないと危機感を示す。

 首都圏に位置する神奈川県は、東京都に本社を構える大手メーカーや調査・コンサルティング会社の影響力を受けやすい。このため、主要自治体のIT投資は、これら東京に本社のある大手企業が受注するケースが目立つ。

 池田会長は、会員各社が「大手メーカーや大手システムインテグレータの下請けでも経営が成り立つという状況は、神奈川県の情報サービス産業が恵まれていると言える一方、自らのソリューションが育ちにくいなどの弊害もある」と語る。業界全体で、下請け構造の見直しが進むなか、大手からの受注が減少したときは、急速に経営が厳しくなる可能性があるというわけだ。

 これを受けて、神情協では、会員企業の経営者に対する下請けからの脱却に向けた啓発活動や、技術者向けの講習会の拡充、神奈川県の情報サービス産業のアイデンティティーを行政、社会に訴求する3つのポイントに焦点を当てることで、ソリューション本位の強い企業の育成に結びつける。啓発活動や講習会の活発化は、会員を増やす力にもなる。

 また、アイデンティティーの訴求をより有効にするためには、今の会員企業数約200社を「倍増させる必要がある」という。

 神情協の調べでは、県内の情報サービス産業関連企業は約700社ある。このうち既存の会員と合わせて「計400社を神情協会員として組織化できれば、主張や提案を、もっと強く行政や顧客企業にアピールできる」と考えている。
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