OVER VIEW

<OVER VIEW>変革へのターニングポイント迎えた、世界ハイテク産業 Chapter1

2004/02/02 16:18

週刊BCN 2004年02月02日vol.1025掲載

 2003年後半からのIT市場の回復基調の中、世界のハイテク産業には業界構造変革を迫る多くの波が押し寄せていることを、欧米アナリストは指摘する。需要循環、グローバリゼーションに加え、ITの技術インストレーション期の終焉を示唆する動き、さらにAV(音響・映像)がデジタル化を迎えて、新商品が大きな市場を形成する動きが明らかになった。この業界上流に起きたデジタル革命は、われわれの社会にユビキタスコンピューティング時代到来をもたらす。ハイテク産業にはITに加えてデジタルAVというキープレーヤーが誕生した。(中野英嗣)

デジタルコンバージェンスがユビキタス時代を招く

■同時に数多くの潮流が、ハイテク産業に起きる

photo 03年後半から長かった世界IT不況が回復に転じると、IT、AV、通信を含むハイテク産業にはいくつもの変革を誘引する波が同時に起きていることが次第に明らかになってきた(Figure1)。

 多くの波のいくつかは、目にみえないのでその全貌はまことにつかみにくい。第1の波は、IT業界でこれまでも頻発した既存商品の需要増減によって起きる波だ。その典型はシリコンサイクルだろう。今までの業界、市場動向はこの波で現象や変化のほとんどが説明できた。しかし、現在ハイテク業界で起きている変化は、需要動向だけでは説明しきれない。

 第2の変化はハイテク全体に、そして全産業に影響を与えているグローバル化の波だ。中国をはじめとする発展途上地域が生産拠点となり、コストが下がり、ハイテクデフレ原因ともなっている。米国でも数年内にIT産業就業人口の10%が海外に移ることが懸念されている。グローバル化は生産拠点の拡散に始まって、次第に消費、開発の地域的変動につながって行く。

 第3の波はこれまでも過去に、産業界で見られた技術の影響力の変化によって起きる波だ。とくに現在世界のIT産業は、基幹技術発展が市場牽引力となった「技術インストレーション期」から、利用技術主導で、市場が緩やかに成長する「ポストテクノロジー期」へのターニングポイントにあると考えられる(英エコノミスト誌)。

 第4の波がAV、携帯機器、通信機器のデジタル化の波で、これはハイテク業界を支配していた既存業界の垣根を低くし、ITとAVなどが同じような基盤技術を使うことで、今までの商品の区分けも難しくなる。

photo 90年代中盤既にこの動きは予知されており、業界上流に起きるコンバージェンスで、われわれが生活する社会は「ユビキタスコンピューティング」の到来となる。ユビキタス(Ubiguitous)とはラテン語で「神の遍在」を意味し、これが情報革命を指す言葉として使われるようになった。

 これらの波は相互に作用を及ぼし合う。そしてハイテクのこのような大きな変革のバックグラウンドとして、産業界全体が「産業資本主義」から「ポスト産業資本主義」へかわりつつあるという指摘もある(東京大学・岩井克人教授)。

■デジタル技術からユビキタスまでの連鎖

 デジタル化時代を象徴するのが、03年の米国特許取得上位企業の業界構成だ(Figure2)。

 取得件数上位の世界有力ベンダーは、IT、AV両産業にほぼ同じような比率で分布している。地域的にも米国、日本、アジア、欧州とほぼ、現在のハイテク業界の世界的支配力を示す。

photo これまで世界AV産業の強者は、日本、欧州ベンダーで、ITは米国ベンダーが支配し続けてきた。デジタルコンバージェンスはITとAVの業界区分、ベンダーの区分、流通機構の区分、そして市場や顧客の区分までを消滅させてしまう影響力をもつと考えられる。コンバージェンスによって、AV、IT、通信産業は一体化して巨大デジタル産業を創り出す。

 米国商務省の調査書「デジタルエコノミー」はAVなども通信セクター商品と捉え、このデジタル産業を「ICT(インフォメーション・コミュニケーション・テクノロジー)」と表現する。現在このコンバージェンスを象徴する動きとしては、米国有力ベンダーが一斉にAVセクターに参入していることがあげられよう(Figure3)。

 とくに薄型テレビへはデルをはじめ、有力パソコンベンダーが相次いで参入している。またデルは薄型テレビを単に家庭用のAVとしてだけではなく、パソコン周辺機器としての需要も拡大すると説明する。

photo さらに米国の薬店チェーンや開業医ネットワークでは、これまでの家庭用マルチメディア機器が映像端末として数万台単位で採用されるシステム構築例も多数報告されている。これはAVのIT市場への参入を意味し、市場区分消滅の例としても考えられるだろう。こうしてまずハイテク業界の技術がデジタルで一体化することで、デジタル革命が起き、これで業界、市場、商品の垣根が低くなって区分けできなくなる変革へとつながり、これが社会にユビキタス時代到来をもたらすという変動の連鎖を巻き起こす(Figure4)。

■ITに代わってAVが、技術インストレーション期に突入

photo さて、IT業界は50年の歴史をもって、基幹技術が市場拡大を牽引する「インストレーション期」のターニングポイントにあると、英誌エコノミストはいう。

 IBM技術戦略担当アービング・ダラウスキーバーガー副社長も、「業界はポストテクノロジー時代に入った。そこまではもはや技術そのものが中核ではなく、技術が企業・個人にもたらす価値の方が重要になる。従って、IT利用も技術円熟化追求へと動き出した」と語る(Figure5)。

 技術インストレーション期には、投資家は技術ビッグバンに大きな夢を抱いて資金を投入し、チャンスを見いだそうとする。これに対し、ターニングポイントを経て入るポストテクノロジー時代になると、投資家の動きも鈍くなり、市場も緩やかな成長へと変化する。

 IT業界が既にターニングポイントにあることには異論もある。「シリコンバレーの多くはまだまだ業界の若さは続くと、奇妙にも信じ込んでいる」とオラクルのラリー・エリソンCEOもいう。

photo しかし、彼らもITが高度成長の終焉期にあることは認めざるを得ないだろう。多くのIT関連バブル発生を経験しているからだ。一方、AVはデジタル化というこれまでとは全く違う技術によって、DVDレコーダー、デジタルカメラ、薄型テレビなど新商品が次々と誕生し、それぞれが急成長し始めた。従って、AVはITに代わって技術インストレーションに入ったということができるだろう(Figure6)。

 こうして、これから当分の間は、技術インストレーション期にあるデジタルAVとポストテクノロジー期のITが新しいハイテク産業、米商務省の定義するICTの車の両輪の役を果たすことになる。
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