コンピュータ流通の光と影 PART VIII

<コンピュータ流通の光と影 PART VIII>最先端IT国家への布石 第55回 熊本県

2003/12/08 20:29

週刊BCN 2003年12月08日vol.1018掲載

 熊本県の行政IT化のベースとなる情報ネットワーク「熊本県情報ギガハイウェイ」は、この11月に再構築を終えたばかり。それまでは最高でも毎秒30メガビットの回線をバックボーンとしていたが、新しいネットワークは2.4ギガビットの通信速度を得た。熊本ギガハイウェイ構築では、県内に10か所ある県の地域振興局にアクセスポイント(AP)を置き、各市町村との接続も最寄りのAPを活用する。2002年7月から移行の検討を開始し、ようやく稼動に漕ぎ着けたこの新しい行政ネットワークを活用して、市町村連携や民間サービスなどが始まろうとしている。(川井直樹)

11月1日から稼働した、熊本県情報ギガハイウェイ
 共同アウトソーシングには全市町村が参加

■民間通信事業者のサービスを活用

 運用を開始したばかりの熊本県情報ギガハイウェイも、他県の多くがそうであるように民間事業者の回線を借り上げる方式を採用した。

 一時はダークファイバーの活用も検討したが、「将来の技術革新やサービス多様化に対応するためには民間通信事業者のサービスを活用する方が有利だろう。県が自ら通信ネットワークを維持管理するのは障害が多い」(島田政次・熊本県企画振興部情報企画課情報企画監)という判断から、結局は通信事業者の回線を活用することに落ち着いたという。

 ようやくギガビットの速度を実現した情報ハイウェイ、これから接続先の拡大や利活用がスタートする。

 現在、接続されているのは県庁と県内の地域振興局をAPとして県立美術館など13か所の公共施設、県の出先機関、県立学校77校など。市町村については03年度中に県内の11市79町村をネットワーク接続する予定だ。すでにへき地に向けた遠隔地医療といった活用が始まっている。

 ただ、各市町村が基幹ネットワークのAPまで引く回線については、「自前で負担してもらうことになる」(島田情報企画監)というのが熊本県の方針。各市町村は、独自に通信事業者を選択することができるものの、回線利用にかかわるコストはそれぞれ予算化しなければならないことになる。

 さらに、一般家庭でのインターネット利用を促進するための方策についても課題が残る。熊本県の場合、ADSLや光ファイバーなどのブロードバンドネットワークを90市町村のうち80市町村で利用できる環境にはある。

 しかし、残りの10か所については過疎地であるため、回線が届いていない。「民間の通信事業者にとっては人口の少ない地域にブロードバンド回線を引いても採算がとれない、という問題があり、それは県としても認識している」(久保隆生・情報企画課主幹)としながらも、デジタルデバイドの解消のためには、どんな方策を採るべきか検討が続く。

 その1つが無線LANの活用だ。岐阜県岩村町が第1種通信事業者となり、無線LANを地域のアクセス系回線に利用しているように実例はある。

 技術的にも問題は少なそうだが、「費用負担をどうするかといったことや、何より市町村合併を控えるところが多く、情報ネットワークどころではない」(島田情報企画監)という現実は動かせない。

■オープンソース導入はコスト次第

 市町村合併が進みながらも、県としては市町村の情報化も合わせて進まなければ、県全体での自治体IT化は実現できない。熊本県の場合も、電子申請といったフロントオフィス系のシステムについては県と90市町村での共同アウトソーシングの検討を始めている。

 「費用負担は各市町村の人口比とするにしても、電子申請だけではなく、電子決済や文書管理などスケールメリットが生かせるような共同化ができないか、県と全市町村で話し合っている」(島田情報企画監)段階だ。

 宮下茂・熊本市総務局情報企画部情報企画課長は、「県が費用の半分を負担すれば、残りの半分を人口比で負担しても熊本市にとっては投資を大幅に圧縮できる」と期待をみせる。加えて、「スケールメリットを生かせる業務を共同化できれば、さらに効果は大きい」として、そのメニューの1つに国土交通省標準の電子入札システムであるCALS/ECも候補に挙げる。

 もっとも共同アウトソーシングとなれば、システム運営を委託するIDC(インターネットデータセンター)は熊本市に置かれるだろう、という安心感はある。宮下課長は付け加えて「熊本県で一本にまとまるより、日本全国が一本化できれば、さらに効果は大きいだろう」と、自治体の厳しい財政状況と交付金カットや税源委譲が見えない中では、アウトソーシングにより少ない費用で電子自治体を構築できれば、という想いは強そうだ。

 共同アウトソーシングが実現するベースになるシステムはオープンソースになる。熊本県庁でもシステムのオープン化は検討している。ただ、「果たしてオープンソースが主流になるのか、という疑問はある。Linuxでも将来にわたって安く調達でき、メンテナンスのコストも安くて済む、というならば調達する可能性は出てくる」(島田邦満・熊本県情報企画課電子県庁推進班主幹)という、セキュリティの確保は当然として、要は「トータルの費用でどちらが安いのか」も重要だ。

 地元のIT産業の振興という点も重要だ。熊本計算センター(KKC)、行政システム九州など富士通系のパートナー会社に加え、独立系だが富士通との関係の深いRKKコンピューターサービスといった有力なシステムインテグレータが多いが、Linuxなどオープン系の技術力があるかどうかも気になるところだろう。オープンソースの利用で、県外の大手ベンダーが乗り込んでくることも考えられる。「電子県庁構築には、地元のベンダーをどう生かすかという視点も必要」と、地元発注にもポイントを置いている。

 こうした状況を踏まえながら、熊本県は05年度スタートを目指して新たな情報化計画の策定に着手した。

 熊本市では04年度までに、パソコンを必要とする全職員に対し、約4000台のパソコン配備を完了する。しかし、住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)の住基カードのアプリケーション開発やインターネットを活用した市民サービスの充実などには、やや躊躇している様子。熊本市のインターネット普及率が人口比で約3割と少ないこともその要因の1つ。「IT化をブームに乗って先進的に取り組んでいくか、一歩下がっていくか、税金の無駄遣いはできない」(原田哲朗・熊本市情報企画課課長補佐)と、IT化を進めたくても財政的には厳しい状況にあるという。


◆地場システム販社の自治体戦略

富士通熊本支店

■“王国”を死守

 「熊本県内の自治体シェアは80%強」という富士通の福本博章・熊本支店長。九州の有力システムインテグレータである行政システム九州に加え、熊本計算センター(KKC)、RKKコンピューターサービスといった地元の大手企業をパートナーとした結果だ。

 熊本県内の自治体ビジネスは安泰か思えば、「とんでもない」と手を振り、「市町村合併で安泰とはとても言えない」という。これまで“富士通王国”を築いていただけに、市町村合併を千載一遇のチャンスとして他のベンダーが顧客の切り崩しを図っている。「実績は重視されるが、それにあぐらをかいていては足元をすくわれかねない。県内11市すべてが富士通の顧客だが、電子自治体への提案にも柔軟な対応が必要になっている」という。

 さらに地元の有力企業をパートナーとしているだけに、富士通としてそれらのパートナーを束ねていく必要もある。

 市町村合併ではパートナー同士が競合するケースも出てきそうだが、そこは実績重視で無駄な競合は避けるとか。そのために、「安全確実、安定稼動を自治体に訴えて、これまでの実績を評価してもらいたい」とパートナーとともにシェア確保を図っていく。

 「熊本県はレガシーシステムの導入の時代から富士通が先行してきたところ。熊本県内で他のベンダーとの競合があっても絶対にあきらめることはできない」という。

 それでも、「守るほうが大変。攻める側に立ってみたい」というのは余裕だろう。
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